ディヤウス
ディヤウシュ・ピトリ · ディヤーヴァープリティヴィー(対神) · 父なる天空
『リグ・ヴェーダ』の天空神。地母神プリティヴィーの夫で、雨によって大地を孕ませる父とされる。ゼウス、ユーピテル、テュールと同源の名をもつ。
解説
概要
ディヤウス(Dyaus / द्यौस्)は『リグ・ヴェーダ』に見える天空神で、ディヤウシュ・ピトリ(父なる天空)とも呼ばれる。地母神プリティヴィーの夫であり、両者は世界と神々を生んだ原初の両親とされる。名は印欧祖語の昼天の神 *Dyēus にさかのぼり、ギリシアのゼウス、ローマのユーピテル、ゲルマンのテュールと同源である。ヴェーダの神々のなかで最も古い層に属しながら、讃歌のなかでの存在感は薄く、主神の座は早くからインドラに移った。
神話・物語
ディヤウシュ・ピトリの名は『リグ・ヴェーダ』1.89.4、1.90.7、1.164.33、1.191.6、4.1.10、4.17.4などに現れる。ピトリを伴わないディヤウスという語は、単に昼の天を指す語としても頻出する。ヴェーダの天は三層——最下・中間・最上——に重なるものと考えられていた。
この神を規定するのは、何よりも父としての役割である。娘は暁の女神ウシャス。スーリヤをはじめとする神々はディヤウスとプリティヴィーの子とされ、アグニ、パルジャニヤ、アーディティヤ神群、マルト神群、アンギラス族も彼の子に数えられる。アシュヴィン双神は「ディヴォー・ナパート」(ディヤウスの孫)と呼ばれる。7.70.3では、諸々の河が末娘であるとされる。姿は吼える獣、とりわけ牡牛として思い描かれ、雨によって大地を孕ませる。真珠を鏤めた黒い牡馬に喩えられる箇所もあり、これは星をちりばめた夜空の比喩である。他方、自らの娘を犯したという行為が、明示を避けながらも生々しく語られてもいる。
インドラが天と地を引き離したことは、重要な創世譚として讃えられる。父なる天が主神の座を降り、それを分かった者が新たな王となる——この交代そのものが、ヴェーダ神話の構図を決めている。
『マハーバーラタ』では、ヴァス神群が聖仙ヴァシシュタの牛を盗んだ罪で人として生まれる呪いを受けたとき、その主犯であったディヤウスだけが長く地上に留まることを命じられる。彼が生まれ変わった姿がデーヴァヴラタ、のちのビーシュマである。
図像と象徴
固有の像容は伝わっていない。ディヤウスはヴェーダの讃歌のなかにのみ生きる神格であり、造形化される段階に達する前にその地位を失った。象徴として繰り返されるのは、大地に降る雨と、吼える牡牛、そして星をちりばめた黒馬という三つの比喩である。ヴェーダの神々のうちで、名の古さと図像の不在がこれほど鮮明に対をなす例は少ない。
系譜と関係
妻はプリティヴィー。両者は両数形ディヤーヴァープリティヴィーとして一対に扱われ、六篇の独立讃歌をもつ。子として挙げられる神々は文献によって一定しないが、ウシャスを娘とすることは比較的安定している。
名の同源関係は印欧語比較神話学の出発点をなす。*Dyḗus ph₂tḗr(昼天の父)という再建形から、ヴェーダのディヤウシュ・ピトリ、ギリシアのゼウス・パテール、ラテンのユーピテル(古ラテン語 Dies piter)が導かれる。ただし同源であることは、神としての性格まで一致することを意味しない。ゼウスとユーピテルが体系の頂点に立ち続けたのに対し、ディヤウスは早々に後退した。名を共有しながら歩みが分かれた例として、この三者はしばしば並べて論じられる。
文化的足跡
ヴェーダ以降のヒンドゥーでは、ディヤウスはほとんど姿を消す。祭祀の対象としても、物語の登場人物としても継承されず、ビーシュマの前身という一点で叙事詩に痕跡を残すにとどまった。それでも、19世紀以来の比較言語学がこの名を手がかりに印欧祖語の宗教を再建してきた経緯から、研究史上の重要度は名の知られ方に比して高い。