サティー
ダークシャーヤニー · ダクシャジャー · Satī
ヒンドゥーの女神。シヴァの最初の妃で、父ダクシャによる夫への侮辱に抗議して焼身した。その遺体が落ちた各地がシャクティ・ピータの聖地になったと伝えられる。
解説
概要
ヒンドゥー神話の女神。シヴァの最初の妃で、父ダクシャによる夫への侮辱に抗議して自ら身を焼いた。名はサンスクリットのサット(真実)に由来し、「真実なる女」「貞節な女」を意味する。父の名にちなむダークシャーヤニーの別名でも呼ばれる。彼女の死は二つの帰結をもたらした。ひとつは遺体の断片が落ちた各地がシャクティ・ピータの聖地となったこと、いまひとつはパールヴァティーとして生まれ変わり、ふたたびシヴァの妃となったことである。シヴァ派とシャークタ派の双方にとって、この物語は教義の骨格に関わる。
神話・物語
ヴェーダにサティーの名はない。物語の細部が整うのはプラーナ文献においてで、『ヴァーユ・プラーナ』『スカンダ・プラーナ』『シヴァ・プラーナ』『バーガヴァタ・プラーナ』など多くの文献が語り、内容は一致しない。
ダクシャの末娘として生まれた彼女は、幼い頃からシヴァを慕った。婚儀の経緯は伝えが割れる。『バーガヴァタ・プラーナ』はスヴァヤンヴァラの場を語り、シヴァが招かれなかったため、サティーが彼だけを念じて花輪を宙に投げると、そこにシヴァが現れて首に掛かったとする。一方『シヴァ・プラーナ』は父の強硬な反対を語らず、婚礼ののちに憎悪が芽生えたとする。
やがてダクシャは盛大な供犠(ヤジュナ)を催し、神々のうちシヴァ夫妻だけを招かなかった。夫の制止を振り切って出向いたサティーは、父の面前で夫を罵られ、抗議して自らの身を焼いた。知らせを受けたシヴァが髪を引き抜いて地に投げると、そこから巨人ヴィーラバドラが現れ、祭場を破壊してダクシャの首を刎ねる。のちにシヴァは殺した者たちを蘇らせ、ダクシャには山羊の首を与えて生き返らせた。
続く場面がこの神話の要である。妻の亡骸を抱いたシヴァは狂乱してタンダヴァを舞い、世界が滅びかけた。見かねたヴィシュヌが円盤スダルシャナを放って遺体を断つと、破片は各地に落ち、それぞれが女神の宿る聖地となった。シヴァは正気を取り戻すが、以後は苦行者として山に籠もる。彼を再び世界へ引き戻すことが、生まれ変わったパールヴァティーの役目となる。
図像と象徴
サティー単独の造形はほとんど発達しなかった。繰り返し描かれたのは、彼女ではなく彼女を抱えるシヴァのほうである。三叉戟に亡骸を掲げて歩む姿は、19世紀ベンガルのカーリーガート絵画をはじめ、パハーリー派やラージャスターン派の絵画に反復された。生者と死者、動と静を一つの画面に収める構図であり、死者を担いで歩く神という主題はインド美術のなかでも際立って異例である。
ダクシャの供犠の破壊は、これとは別に彫刻の主題となった。エローラやエレファンタの石窟には、ヴィーラバドラが祭場を襲う群像が刻まれ、その一隅に山羊の頭をもつ人物としてダクシャが表される。ムガル朝の『ラズムナーマ』の挿絵にもこの場面が描かれている。
シャクティ・ピータの各聖地では、落ちた身体部位に応じた形で女神が祀られる。アッサムのカーマーキヤーは女陰の落ちた地とされ、そこでは人の姿をした像ではなく、岩の裂け目そのものが礼拝の対象となっている。
系譜と関係
父はダクシャ、母はプラスーティまたはアシクニー。夫はシヴァ。多くの姉妹があり、月神チャンドラに嫁いだ27人の姉妹は27の星宿に当てられる。サティー自身に子はなく、パールヴァティーとして再生したのちにガネーシャとスカンダの母となる。
シャークタ派の文献では、サティーとパールヴァティーはいずれも至高の女神シャクティが地上に取った姿とされ、二人を別個の女神とは見ない。シヴァを苦行の孤独から世界へ引き出す役割を、二人が順に担うという構図である。
文化的足跡
シャクティ・ピータの巡礼網は、各地に別々に成立していた女神信仰を一つの神話によって束ねた。カーマーキヤー、カーリーガート、ヴィンディヤーチャルなど、今日のインドの主要な女神聖地の多くがこの体系のなかに位置づけられている。
なお、夫の火葬の火に妻が身を投じる旧習寡婦殉死も「サティー」と呼ばれる。しかし神話のサティーは寡婦ではなく、夫の存命中に父への抗議として死んでいる。名を共有することが両者の混同を長く招いてきた経緯があり、区別して扱う必要がある。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。