ヴァーマナ
トリヴィクラマ · ウルクラマ · ウペンドラ
ヒンドゥーの神。ヴィシュヌの第五の化身で、矮人の姿でアスラの王マハーバリに三歩ぶんの土地を乞い、巨大化して全宇宙を跨いだ。この姿をトリヴィクラマと呼ぶ。
解説
概要
ヒンドゥー神話の神格で、ヴィシュヌの第五の化身(アヴァターラ)。名はサンスクリットで「矮人」を意味する。三界を制したアスラの王マハーバリのもとへ小柄なバラモンの少年として現れ、三歩ぶんの土地を乞い、許されるや巨大化して全宇宙を跨いだ。この姿をトリヴィクラマ(三歩を歩む者)と呼ぶ。ダシャーヴァターラのうち、獣の形をとる四つの化身に続いて最初に人の形で現れる化身であり、力ではなく言葉と約束によって世界を取り戻す点で、他の化身と性格を異にする。
神話・物語
物語の核は『リグ・ヴェーダ』にすでにある。ただしそこで三歩を歩むのはヴィシュヌ自身であって、矮人は登場しない。ヴィシュヌが三歩で世界を測るという主題に、矮人の姿という要素が加わるのはブラーフマナ文献の段階で、『シャタパタ・ブラーフマナ』や『タイッティリーヤ・サンヒター』は、神々のために大地を取り戻すべくヴィシュヌが矮人の形をとったと語る。物語として完成するのはプラーナ文献においてである。
プラーナの伝えるところはこうである。アスラの王マハーバリはインドラを破って三界を手中にした。神々はヴィシュヌに救いを求めるが、ヴィシュヌはマハーバリが善良な王であり自らの信者でもあることから、武力で討つことを退けた。かわりに彼は、アディティとカシュヤパの子として矮人に生まれる。
ナルマダー河畔で盛大な馬祀祭を営んでいたマハーバリのもとへ、ヴァーマナは訪れて三歩ぶんの土地を求めた。師のシュクラは相手の正体を見抜いて王を諫めたが、乞われたものを断らないという誓いを守り、マハーバリは承知する。水を注いで約束が成った瞬間、矮人は膨れ上がってトリヴィクラマとなり、一歩で大地を、二歩で天を測った。三歩めをどこに置くかと問われた王は、自らの頭を差し出す。ヴィシュヌはその頭を踏んで彼を地底へ送ったが、同時にその節義を嘉して不死を与え、年に一度は地上へ帰ることを許した。
三歩が何を指すかについては、古くから複数の読みが並んできた。日の出・南中・日没という太陽の三つの位置とする説、地・空・天の三界とする説、覚醒・夢・熟睡という意識の三つの状態とし、王の頭に置かれた三歩めを解脱と解する説などである。いずれか一つに決めうる問題ではない。
図像と象徴
図像は二つに分かれる。ひとつは矮人としてのヴァーマナで、頭の大きい小柄な姿に、傘と水瓶と杖という遊行のバラモンの持物を添え、あるいはヴィシュヌの標識である円盤・棍棒・法螺貝を執って表される。腹の出た短躯に王者の装身具という取り合わせが、この化身の図像を独特なものにしている。
いまひとつがトリヴィクラマで、こちらのほうが作例は圧倒的に多い。片脚を高く跳ね上げて天を蹴る姿勢が定型で、上げた脚の高さが歩幅の大きさを示す。バーダーミ第3窟(6世紀)の大浮彫、エローラ、マハーバリプラム、ハレビードのホイサラ朝の彫刻など、中世インドの主要な遺跡がこの主題を刻んでいる。跳ね上げた脚の周囲に小さくブラフマーや天の神々を配し、足が届いた高さを示す構成が多い。動きを止めた一瞬に宇宙の全域を収める構図であり、インド彫刻における運動表現の代表例に数えられる。
系譜と関係
父は聖仙カシュヤパ、母はアディティ。アーディティヤ神群の末子とされ、インドラの弟にあたることからウペンドラ(インドラに次ぐ者)とも呼ばれる。母アディティが天界を奪われた我が子インドラのために苦行し、ヴィシュヌが自分の子として生まれることを願った——その願いに応じて生まれたのがヴァーマナである、というのがプラーナの筋立てである。
ダシャーヴァターラの配列では、人獅子ナラシンハに続く第五、そしてラーマの一つ前に位置する。獣から人へと形が移る境目に置かれた化身であり、また武器を用いずに事を成した唯一の化身でもある。相手のマハーバリは敵役でありながら滅ぼされず、不死を与えられて称えられる。
文化的足跡
トリヴィクラマの図像は東南アジアへも伝わり、クメールやジャワの遺跡に作例が残る。インド国内では、南インドのウラガランダ・ペルマール寺院(カーンチープラム)など、この化身を本尊とする寺院がいくつかある。アールワール(南インドのヴィシュヌ派詩人聖者)の讃歌は、世界を測った足を繰り返し歌った。
ただし今日この物語がもっとも大きく祝われるのは、討たれた側の祭りとしてである。ケーララ州の収穫祭オナムは、地底から帰るマハーバリを迎える十日間の行事として州を挙げて営まれる。同じ物語が、北では勝者の化身を、南では敗者の王を記念している。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。