マーニ
マニ · マーニル · Mani
北欧神話の月の男神。太陽の女神ソールとは兄妹で、ムンディルファリの子。月の満ち欠けを司り、狼ハティに追われ、ラグナロクの日に呑まれる。
解説
概要
マーニ(Máni)は、ゲルマン諸族の伝承において月を人格化した男神である。太陽の女神ソールとは兄妹で、ともにムンディルファリの子とされる。月の満ち欠けを司り、天を渡って人のために年を数える。
名はそのまま「月」を意味する普通名詞である。英語の moon、ドイツ語の Mond と同源で、印欧祖語の「測る」に遡る語根に連なる。月が時を測る道具であるという理解が、名そのものに含まれている。
神話・物語
『古エッダ』の『ヴァフスルーズニルの言葉』では、オーディンの問いに巨人ヴァフスルーズニルが答えて、ムンディルファリがソールとマーニの父であり、二人は毎日空を渡って人のために年を数えねばならないと語る。
『グリームニルの言葉』は、日と月がそれぞれ狼に追われるとし、月を追うのがハティ・フローズヴィトニスソン、太陽を追うのがスコルであると述べる。
『アルヴィースの言葉』では、トールが小人アルヴィースに、月は世界ごとに何と呼ばれるかを問う。人は「月」、神々は「火の者」、ヘルでは「回る車輪」、巨人は「急ぐ者」、小人は「輝く者」、エルフは「年を数える者」と呼ぶ。
スノッリの『散文のエッダ』はこれを物語に整える。ムンディルファリには二人の子があり、あまりに美しかったので月と太陽にちなんで名づけられた。父のこの傲慢に神々は怒り、二人を天に置いた。マーニは「月の道を導き、その満ち欠けを支配する」。
同じ章に、ほかに類例のない挿話がある。マーニは、井戸から水を汲んでいたヒューキとビルという兄妹を地上から連れ去り、以後この二人は彼に付き従って空を行く——「地上から見えるとおりに」。ルドルフ・ジメクは、棹を持つ男と桶を担う女というこの形象を、スカンディナヴィア・イングランド・北ドイツに伝わる「月の男」の民間伝承と結びつけた。ただし、中世の文献がその接続を明示しているわけではない。
ラグナロクの日、マーニは天体を追う二頭の狼のうち一頭に呑まれる。
図像と象徴
異教期の造形は知られていない。近代の視覚像は挿絵本に始まり、本サイトが掲げるのはジョン・チャールズ・ドルマンの《太陽と月を追う狼たち》(1909年)である。二台の車と二頭の狼を一つの画面に収めた構図で、今日流通する図像の源となった。
象徴として重要なのは、月が暦の基準であることである。『巫女の予言』は、アース神族が「年を数えられるように」月を空に据えたと語る。ジメクは、ゲルマンの時の計算が太陽ではなく月に向けられていたこと、短い期間を「日」ではなく「夜」で数えたことを、この一節と結びつけている。英語の fortnight(十四夜=二週間)に痕跡が残る数え方である。
系譜と関係
父はムンディルファリ、姉妹はソール。ヒューキとビルは連れ去られた人間の子で、ビルは『ギュルヴィたぶらかし』でソールとともに女神(アーシュニュル)に数えられている。
スカルド詩には、10世紀のグトルム・シンディが用いた「マーニの望んだ女」のように、女巨人を指すケニングがいくつか残る。ジョン・リンドウは、マーニと女巨人の婚姻あるいは交わりの物語がかつて存在したとしても、現存する神話には他に痕跡がないと述べる。ジメクも、これらのケニングにおけるマーニは「まったく知られていない神話のなかの巨大な存在」に見えると記す。名だけが残り、話が失われた例である。
ソールが女性でマーニが男性であるのは、おそらく名詞の文法性による——ソールは女性名詞、マーニは男性名詞である。太陽が女性、月が男性というゲルマン語圏の配置は、ギリシア・ローマとは逆であり、ドイツ語の der Mond に今も残る。
文化的足跡
月曜日(Monday、Montag、mánadagr)はこの神の名を負う曜日である。ローマの曜日名の翻案でありながら、ゲルマンの神名がそのまま置き換えられた形で今日まで残っている。
現代の幻想文学やゲーム作品では、ソールと対になる兄として、あるいは狼に追われる月として登場する。原典のマーニには、姉妹と同じくまとまった物語がない。空を渡り続けるという状態そのものが、この神の内容のほとんどすべてである。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。