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ロームルス
PLATE — ROMULUS
ROMA · ローマ神話
ROMULUS

ロームルス

ロムルス · Romulus

パヴィア修道院正面の基壇のロームルス円形浮彫(カルロ・ブロージ撮影、19世紀) PUBLIC DOMAIN

ローマの伝説上の建国者にして初代の王。マールスとレア・シルウィアの子で、双子の弟レムスとともに牝狼に育てられた。城壁を越えた弟を殺してローマを建て、サビニの女たちを略奪した。死後クゥイリーヌスとなった。

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解説

概要

ロームルス(Romulus)は、ローマの伝説上の建国者にして初代の王である。ローマの最も古い法的、政治的、宗教的、社会的な制度の多くの設立が、さまざまな伝承によってロームルスとその同時代人に帰される。

これらの伝承の多くは民間伝承の要素を含み、神話上のロームルスの背後にどの程度歴史上の人物がいるかは明らかでないが、ロームルスに帰される出来事と制度は、ローマの起源と文化的伝統をめぐる神話の中心にあった。

神話・物語

誕生と幼少。 ローマ神話によれば、ロームルスと双子のレムスは、レア・シルウィアと神マールスの子であった。母方の祖父はアルバ・ロンガの正当な王ヌミトルで、双子はこれを通じてトロイアの英雄アエネーアースとラティウムの王ラティーヌスの双方の裔にあたる。

ヌミトルの弟アムリウスは王位を簒奪し、双子を殺すよう命じた。双子はテヴェレ川の岸に棄てられたが、河神ティベリーヌスに救われ、牝狼に乳を与えられて育った。羊飼いファウストゥルスと妻アッカ・ラレンティアが二人を育てた。

建国。 成長した双子はアムリウスを倒してヌミトルを復位させ、自らの都市を建てるために生まれた地へ戻った。都市の場所と名をめぐって争い、鳥占いで決めることにした。レムスは六羽の禿鷹を見、ロームルスは十二羽を見た。レムスが先に見たと主張し、ロームルスが多く見たと主張して、争いは解決しなかった。

ロームルスがパラティーヌスの丘に城壁を築き始めたとき、レムスはこれを嘲って城壁を跳び越えた。ロームルスは弟を殺した——「我が城壁を越える者は誰であれこのようになる」と。都市はロームルスの名にちなんでローマと名づけられた(前753年4月21日)。

サビニの女たちの略奪。 住民を得るためロームルスは避難所を設け、逃亡者と追放者を受け入れた。しかし女がいなかったため、祭に招いたサビニ人の女たちを略奪した。サビニ人との戦争は、略奪された女たちが両軍のあいだに身を投じて仲裁したことで終わり、ロームルスはサビニの王ティトゥス・タティウスと共同統治した。

昇天。 治世三十七年ののち、閲兵中に嵐が起こり、ロームルスは姿を消した。ユリウス・プロクルスの前に現れ、自らが神クゥイリーヌスとなったと告げたという。元老院に殺されたという別の伝えもある。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、パヴィア修道院のロームルスの円形浮彫である。

牝狼に乳を与えられる双子の図像は、前3世紀以来ローマ市とローマ人の象徴である。カピトリーノの牝狼像が最もよく知られる。

兄弟殺しによって都市が建てられるという構造が、この人物を規定する。ローマの起源が殺人にあるという事実を、ローマ人自身が語り続けた。

関わる神格・伝承

父はマールス、母はレア・シルウィア、双子の弟はレムス。養父母はファウストゥルスとアッカ・ラレンティア。死後クゥイリーヌスと同一視された。

文化的足跡

ローマ市の紋章と旗には、今日も牝狼と双子が描かれている。ローマ建国の日4月21日は、今日もローマ市の祝日である。

ロームルスの生涯は、プルータルコス『対比列伝』においてテーセウスと対比された。二人の都市建設者の伝記が並べられ、ギリシアとローマの起源が比較されている。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
クゥイリーヌス ローマ神話 同一視
ロームルスは昇天後クゥイリーヌスと同一視された(エンニウス、リウィウス、オウィディウス)。
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資料

Wikidata
Q2186 — 骨格データの出典