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ムネーモシュネー
PLATE — ΜΝΗΜΟΣΎΝΗ
HELLAS · ギリシア神話
ΜΝΗΜΟΣΎΝΗ

ムネーモシュネー

ムネモシュネ · ムネーモシュネ · ムネモシュネー

Caroline Léna Becker CC0

ギリシア神話の女神。記憶そのものの神格化であり、ゼウスとの間に九柱のムーサを生んだ。文字を持たない時代、詩人が歌い出す前に名を呼んだ相手である。

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解説

概要

ムネーモシュネー(Μνημοσύνη / Mnemosyne)は、ギリシア神話において記憶を神格化した女神である。名は「記憶」を意味するムネーメーに由来する。ウーラノスガイアの娘、すなわちティーターン神族の一柱にあたるが、ティーターノマキアーで戦った伝えはなく、タルタロスに落とされてもいない。

ヘーシオドスがこの女神を世界の骨組みをなす世代に数えたのは、記憶がその骨組みの一部だったからである。文字による記録の乏しい時代、叙事詩は暗誦によってのみ次代へ渡った。歌い手が数千行を誤りなく思い出せることは訓練の成果である以前に神の恵みであり、その源泉が彼女とされた。ギリシアの詩は作者の創作としてではなく、思い出されたものとして始まる。

神話・物語

神統記によれば、ゼウスは羊飼いの姿でピーエリアの地に降り、ムネーモシュネーと九夜を共にした。生まれたのが九柱のムーサである。ヘーシオドスは同じ箇所で、この娘たちが人に苦しみを忘れさせると書く。記憶の女神から忘却をもたらす者が生まれるのは矛盾ではない。歌が聴き手を今この場から引き剥がすには、まず過去が正確に保たれていなければならない。

系譜には異伝がある。ヒュギーヌス『神話集』は彼女をゼウスとクリュメネーの娘とし、パウサニアスが引くミムネルモスは、年長のムーサをウーラノスの娘、年少のムーサをゼウスの娘として二系統に分ける。ヘリコーン山では、そもそもムーサは三柱でその一柱の名がムネーメー(記憶)であったとも伝えられる。母と娘の境界は固定していない。

パウサニアス『ギリシア案内記』は、ボイオーティアのレバデイアにあるトロポーニオスの神託所の作法を記す。参詣者は地下へ降りる前に二つの泉の水を順に飲む。まずレーテー(忘却)の水でそれまでの思案を捨て、次にムネーモシュネー(記憶)の水を飲む。地下で見たものを持ち帰るためである。戻った者は「ムネーモシュネーの椅子」に座らされ、神官の問いに答えて見聞を語った。記憶はここで、個人の体験を共同体の言葉に変える装置として働いている。

同じ対比は死後にも及ぶ。南イタリアやクレータ島の墓から出た前4世紀以降の金の薄板は、死者への指示書である。糸杉のかたわらの泉に近寄るな、それは忘却の水である。番人には「私は大地と星空の子である」と名乗り、ムネーモシュネーの湖から飲め、と刻まれている。オルペウス教の教えでは、忘却の水を飲んだ魂は再び輪廻に落ち、記憶を保った魂だけが循環を脱する。記憶が救済の条件そのものになっている。

図像と象徴

この女神には持物がない。雷霆や弓のように一目で神格を指し示す道具を持たず、聖獣も伴わない。記憶は行為ではなく状態であり、造形に落としにくいためである。結果として、古代の作例で彼女を同定する手がかりはほとんど銘文に限られる。

数少ない確例の一つが、タラーコ(現タラゴナ)近郊エルス・ムンツのローマ荘園から出土した2世紀半ばの壁面モザイクである。極小の石片を組むオプス・ウェルミクラートゥムの技法で女性の胸像を表し、傍らにギリシア文字で名を記す。銘がなければ、これがムーサの一人なのか母神なのかを見分ける術はない。アンティオキア出土のモザイク(ウスター美術館蔵)も事情は同じである。聖域での居場所も娘たちの隣であった。パウサニアスは、アテナイのディオニューソス聖域やテゲアのアテーナー・アレアー神殿に、ムーサたちと並ぶムネーモシュネー像があったと伝える。単独の神殿を持つ神ではなく、群像に組み込まれる神である。

持物の不在を埋めたのは近代である。ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティの《ムネモシュネー(記憶の灯)》(1876〜81年、デラウェア美術館)は、緑衣の女に燃える松明を握らせ、傍らに装飾的な灯火を配した。灯りは古代の属性ではなく、記憶を照らすものと捉える近代の比喩である。図像のないところに図像を作る作業そのものが、この女神の受容史をなしている。

系譜と関係

父はウーラノス、母はガイア。同胞はオーケアノスコイオスクレイオスヒュペリーオーンイーアペトスクロノステイアーレアーテミスポイベーテーテュースで、ムネーモシュネーはこの世代に属する。甥にあたるゼウスとの間に九柱のムーサを生んだ。

ローマにはモネータ(Moneta)という記憶の女神があり、文人たちはムネーモシュネーの訳語にこの名を用いた。前3世紀のリウィウス・アンドロニークスは『オデュッセイア』のラテン語訳で、ムーサを「モネータの娘」と呼んでいる。ただし貨幣鋳造所が置かれた神殿の女神ユーノー・モネータの添え名は語源を異にするとの見方が有力で、両者を同じ神として扱うことはできない。ムーサたち自身は、ローマでは泉の女神カメーナエと同一視された。

文化的足跡

ムーサたちを祀る場はムーセイオン(ムーサの座)と呼ばれ、アレクサンドリアではそれが学術機関の名となった。この語が museum に、ムーサの技芸ムーシケーが music に受け継がれる。記憶の女神の名からは英語の mnemonic(記憶術の)が派生し、天文学では小惑星 (57) ムネモシネが彼女の名を負う。

20世紀にこの名を最も強く刻んだのは美術史家アビ・ヴァールブルクである。ハンブルクに建てた文化学図書館の入口上部には、ギリシア文字で ΜΝΗΜΟΣΥΝΗ と掲げられた。晩年に着手して未完に終わった仕事——黒布を張った板に古今の図版を貼り並べ、古代の身振りが後代の美術へ再来する経路をたどる図像アトラス(1927〜29年)——にも同じ名が与えられている。記憶を個人の能力ではなく文化が持ち越す力と捉える視点は、この女神の名を借りて20世紀の学問に入った。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
モネータ 同一視
ローマの記憶の女神モネータはムネーモシュネーの訳語として用いられた。リウィウス・アンドロニークス『オデュッセイア』ラテン語訳がムーサを「モネータの娘」と呼ぶ。ユーノー・モネータの添え名は語源を異にするとの説が有力で、そちらとは区別する

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

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資料

Wikidata
Q102884 — 骨格データの出典
Commons
Mnemosyne — 図像カテゴリ