ムーサ
ムーサイ · ミューズ · ムサ
ギリシア神話で詩歌・音楽・学芸を司る女神たち。ゼウスとムネーモシュネーの娘で、古典期に九柱へと定まった。叙事詩は彼女たちへの呼びかけから始まる。
解説
概要
ムーサ(Μοῦσα / Musa、複数形ムーサイ Μοῦσαι)は、ギリシア神話で詩歌・音楽・舞踏・学術を司る女神たちである。英語のミューズはこの語の後裔にあたる。彼女たちが領する技芸をギリシア人はムーシケーと呼んだ。今日の「音楽」より範囲が広く、詩の朗唱、楽器の演奏、歌唱、舞踏、そしてそれらが一体となった上演の全体を指す言葉である。
ムーサは霊感を与える存在だが、その働きは思いつきを授けることではない。ヘーシオドスもホメーロスも、自分が見ていない過去の出来事を語るために彼女たちの助けを乞う。詩人にとってムーサとは、人の記憶が届かない場所へ通じる回路であった。
神話・物語
神統記の冒頭で、ヘーシオドスはヘリコーン山で羊を飼っていたときにムーサたちと出会ったと語る。彼女たちは、真実に似た偽りを語ることもできれば望むときには真実を語ることもできると告げ、月桂樹の杖を与えて歌を吹き込んだという。詩の権威が詩人自身にはないことを、現存する最古級のギリシア詩がみずから宣言している。
系譜も人数も一様ではない。ヘーシオドスはゼウスとムネーモシュネーの九柱の娘とし、この説が古代を通じて主流となった。一方アルクマーンやミムネルモスはウーラノスとガイアの娘とする。パウサニアスによれば、ヘリコーン山で最初に祀られたムーサはメレテー(練習)、ムネーメー(記憶)、アオイデー(歌)の三柱であった。デルポイの神託で知られるデルポイでも三柱で、その名ネーテー・メセー・ヒュパテーは竪琴の三本の弦の呼び名にほかならない。キケローは四柱説を伝える。九という数は前1世紀のディオドロスの時点ですでに、ホメーロスとヘーシオドスの権威によって定着していた。
物語に現れるのは技を競う場面が多い。彼女たちを率いるのは竪琴を執るアポローンで、ムーサゲテース(ムーサの導き手)と呼ばれる。笛のマルシュアースとアポローンの音楽比べでは審判を務めた。歌で挑んだトラーキアの吟遊詩人タミュリスは敗れて視力と歌の記憶を奪われ、セイレーンたちやマケドニアの王ピーエロスの娘たちも敗れている。技芸の神に人が勝負を挑み、必ず罰を受けるという型が繰り返される。
図像と象徴
古典期のムーサには、後世ほど厳密な持物の区別がない。前5世紀のアッティカ赤絵では、竪琴や巻物を持つ若い女として一人ずつ、あるいは数人ずつ描かれる。ボイオーティア出土の赤絵レーキュトス(前435〜425年頃、ルーヴル美術館)では、ムーサが巻物を広げて読み、足元には書物を収める箱が置かれている。歌う女神が読む姿で描かれるのは、口誦から書物へ重心が移りつつあった時代の証言である。
九柱それぞれに分野と持物が割り当てられるのは、ヘレニズム期からローマ期にかけての整理による。カリオペー(叙事詩)は蝋板と尖筆、クレイオー(歴史)は巻物、エウテルペー(抒情詩)は二本の管をもつアウロス、テルプシコラー(舞踏)は竪琴と撥、エラトー(恋愛詩)は小型の竪琴、メルポメネー(悲劇)は悲劇の仮面、タレイア(喜劇)は喜劇の仮面と羊飼いの杖、ポリュムニアー(讃歌)はヴェールを纏い物思う姿、ウーラニアー(天文)は天球儀と指し棒を持つ。ローマ期の石棺浮彫や神殿装飾はこの一組を好んで用い、ルネサンス以降の寓意画がそのまま受け継いだ。
場所を示す図像も定着している。ヘリコーン山のヒッポクレーネー(馬の泉)は、ペーガソスが蹄で岩を打って湧かせたとされ、ムーサの泉として繰り返し描かれた。近代の絵画で泉のほとりに集う女たちの群像が現れれば、その場所はまずヘリコーンかパルナッソスである。
系譜と関係
主流の伝えでは父はゼウス、母はティーターン神族のムネーモシュネー。九柱の名はカリオペー、クレイオー、エウテルペー、エラトー、メルポメネー、ポリュムニアー、テルプシコラー、タレイア、ウーラニアーである。カリオペーは楽人オルペウスの母とされ、詩と音楽の力が神から人へ渡る経路がここで系譜として示される。
ローマではもともと泉の女神であったカメーナエがムーサの訳語に充てられた。前3世紀のリウィウス・アンドロニークスによる『オデュッセイア』のラテン語訳がその早い例である。ギリシアの技芸の女神とイタリアの水の精は本来別の神格であり、翻訳の必要が生んだ結びつきであった。
文化的足跡
ムーサを祀る施設はムーセイオン(ムーサの座)と呼ばれた。前3世紀のアレクサンドリアに設けられたムーセイオンは図書館と研究者の共同体を備え、名目上は神域でありながら実質は学術機関であった。この語がラテン語 museum を経て、今日の博物館・美術館を指す語となっている。ムーシケーからは music にあたる語が派生した。
ルネサンス以降、九柱の一組はヨーロッパ美術の定番の主題となり、宮廷や図書館の天井画に繰り返し描かれた。『パルナッソスへの階梯』(Gradus ad Parnassum)と題する詩学・音楽の教則本が数多く書かれたのも、パルナッソス山をムーサの座と見る観念による。英語の muse が創作の霊感を与える人を指す普通名詞になったのは、この長い受容の末である。