ムネーメー
ムネメ · Mneme · Mnēmē
「記憶」を意味する古きムーサ三柱の一柱。修練(メレテー)・記憶・歌(アオイデー)という詩の成立の三段階を表す。九柱のムーサに先立つ古い伝承に属する。
解説
概要
ムネーメー(Μνήμη、「記憶」)は、ギリシア神話の女神で、「古きムーサ」とも呼ばれる三柱のムーサのうちの一柱である。他の二柱はメレテー(「修練」)とアオイデー(「歌」)である。
神話・物語
ホメーロスにおいて、ムーサは一柱の詩の女神として呼びかけられる。ムーサたちの数を九柱とし、その名を列挙したのはヘーシオドス『神統記』である。しかし詩人の文学的創作とは別に、古代ギリシア各地に伝わる伝承では、ムーサの数はカリスやモイライと同じく三柱とされていた。地域ごとに異なる名で呼ばれていたようだが、詳細は不明である。
前7世紀の抒情詩人アルクマーンは、ムーサたちが三柱で、その父母はヘーシオドスの述べるゼウスとムネーモシュネーではなく、ウーラノスとガイアであると述べたと古注に記される。
パウサニアースによれば、ボイオーティアのヘリコーン山でムーサたちを最初に祀ったのはアローエウスの子オートスとエピアルテースであり、この二人はムーサを三柱と考え、メレテー、ムネーメー、アオイデーと名づけた。後にマケドニア人ピーエロスが九柱にしたという。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
三柱の名が、詩の成立の三段階を表している。修練、記憶、歌。技を磨き、覚え、そして歌う。文字以前の口承詩において、記憶が中心的な位置を占めることを、この配置は示している。
九柱のムーサの母ムネーモシュネー(記憶)と、三柱のムーサの一柱ムネーメー(記憶)——同じ「記憶」が、一方では母として、他方では姉妹の一員として置かれている。
関わる神格・伝承
姉妹はメレテーとアオイデー。九柱のムーサに先立つ古い層とされる。
ムネーモシュネーとの名の近さは偶然ではない。記憶の女神が詩の女神たちを生むという九柱の系譜は、記憶が詩の三分の一を占めるという三柱の構成を、母子関係に組み替えたものと読める。
文化的足跡
日本語圏では、ムーサといえば九柱が知られ、それに先立つ三柱の伝承はほとんど紹介されない。しかしパウサニアースの記述は、ヘーシオドス以前の祭祀の層を示す資料として重要である。