テミス
Themis
ギリシア神話のティタン女神。神定法と正義を体現し、オリュンポスではゼウスの相談役として秩序を司った。デルポイの神託を初期に領した予言者でもある。
解説
概要
テミス(Θέμις / Themis)は、天空神ウーラノスと大地の女神ガイアのあいだに生まれたティーターン世代の女神である。名は「据える」を意味する動詞ティテーミに発し、人の定めた法ではなく宇宙に据えられた掟——神定法——そのものを指す。掟・慣習・正義を体現する存在で、ヘシオドス『神統記』では、正義が神格の姿をとって現れる最初の例に数えられる。オリュンポスにあっては神々の集いの秩序を保ち、ゼウスに助言する相談役でもあった。
神話・物語
系譜には異伝が多い。ヘシオドスはテミスをウーラノスとガイアの娘とするが、アイスキュロスは『縛られたプロメーテウス』『慈しみの女神たち』でテミスをガイアと同一視し、そこではプロメーテウスの母とも語られる。ゼウスとの関係も一様でない。『神統記』ではメーティスに次ぐ二番目の妃とされ、ピンダロスの断片では逆に、モイライに伴われて最初の妃としてオリュンポスへ迎えられる。
ゼウスとのあいだに、季節と秩序を司るホーライ(エウノミアー=良俗、ディケー=正義、エイレーネー=平和)と、運命を紡ぐモイライ(クロートー、ラケシス、アトロポス)を産んだと伝えられる。伝承によってはヘスペリデスやアストライアーも加わる。予言の力にもすぐれ、アイスキュロスによればデルポイの神託所はガイアに次いでテミスが領し、のちにアポローンへ譲られたという。失われた叙事詩『キュプリア』では、増えすぎた人間の重みを地から除くため、ゼウスとともにトロイア戦争を計ったとも語られる。
図像と象徴
テミスの標章は天秤である。皿の釣り合いは、対立する主張を偏りなく量る裁きの理念を可視化したもので、娘ディケーもまた同じ天秤を携える。前300年頃、彫刻家カイレストラトスがラムヌスのネメシス神域に奉献した大理石像(現アテネ国立考古学博物館)は、衣を深くまとって直立する威厳ある姿にテミスを表し、古典期の代表的な作例として知られる。
しばしば連想される目隠しは古代の図像には見られず、ルネサンス以降に「法の下の平等」を説く寓意として加えられた後世の要素である。剣を添える表現も同様に近代に定着した。抽象概念を擬人化し彫像へと造形してきた西洋美術の歩みが、持物の変遷そのものに映っている。
系譜と関係
父はウーラノス、母はガイアで、クロノスやレアーらと兄弟姉妹の関係にある。配偶者はゼウス、娘はホーライとモイライ。ローマではテミス自身も知られたが、天秤を持つ正義の女神という造形は、むしろ娘ディケーを介してラテン語のユースティティア(正義の女神)へと受け継がれていった。機能の似た法・裁きの神格は各文化に存在するが、それらを横断して見わたす視点は法と誓約の神が受け持つ。
文化的足跡
天秤を掲げる正義の女神という像は、テミスとディケーを源として中世・近代の寓意像に流れ込み、今日の裁判所や法をめぐる図像——目隠しをして天秤を持つ「正義の女神」——の原型となった。名は法や制度、事務所の名称にも広く借用されている。FGO・女神転生など現代の創作にも登場する。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。