ニーヴ
ニアヴ · ニアム · 黄金の髪のニーヴ
アイルランドのフィアナ伝説に現れる異界の女。白馬に乗って西から現れ、オシーンをティル・ナ・ノーグへ連れ去った。今日の物語は18世紀の詩に拠る。
解説
概要
ニーヴ(Niamh、ニーヴ・キン・オールすなわち「黄金の髪のニーヴ」とも)は、アイルランド神話のフィアナ伝説群に現れる異界の女である。フィン・マックールの子オシーンの恋人として知られる。
彼女はオシーンを愛し、自らの領するティル・ナ・ノーグ(常若の国)へ連れ去った。三百年ののち、オシーンはアイルランドを見たいと願う。ニーヴは渋りながら許し、地に足をつけてはならぬという禁忌を課した。
神話・物語
今日知られる物語は、1750年ごろに成立した詩に拠る。ミホール・コミーン(1676〜1760)の作とされる『常若の国のオシーンの歌』である。
ニーヴは海の彼方、西から白馬に乗って現れ、ケリー県のロッホ・レインの近くで鹿狩りをするフィアナのもとへ来る。自らを常若の国の王の娘、黄金の髪のニーヴと名乗り、フィンの子オシーンへの愛を告げた。オシーンはすでに心を奪われており、二人は白馬に乗って去る。道中、巨人に追われる「生ける者の国」の乙女を見て寄り道し、オシーンが巨人を討って助けた。
常若の国に着いた二人は王と后に迎えられ、婚礼を挙げる。三人の子が生まれた。オスカルとフィンという二人の息子と、プロル・ナ・マン(「女たちの花」)という娘である。三百年あまりが過ぎたころ、オシーンは故郷を恋しく思い、父とフィアナに会いたいと願った。本人にはそれが三年に思えていたという版もある。
ニーヴは渋りながら許し、自分の白馬エヴァルを貸す。ただしアイルランドの地に触れてはならない、触れれば戻れなくなる、と警告した。フィアナはとうに滅び、今やキリスト教徒の土地になっているのだから行っても甲斐はない、とも告げる。
オシーンは戻ったが、フィアナはどこにもいなかった。グレン・アン・スモール(つぐみの谷)という場所で、大理石の板を持ち上げるのを手伝ってくれと乞われる。下から支える男たちが重みに負けかけていた。オシーンは石を動かしたが、その拍子に馬の腹帯が切れて地に落ち、たちまち老いて盲目の身となる。馬は逃げ去った。
この物語の全体は、オシーンと聖パトリックの対話という枠の中で語られる。
図像と象徴
古い図像はない。本サイトが掲げるのは、ベアトリス・エルヴェリーが1914年刊『暁の英雄たち』に寄せた挿絵《赤金の髪のニーヴ》である。20世紀初頭のアイルランド復興運動のなかで描かれた一枚で、この人物が近代にどう思い描かれたかを示す。
白馬と黄金の髪が、この人物の属性である。西から海を越えて来る乗り手という形象は、アイルランドの異界表象に繰り返し現れる。異界は上でも下でもなく、西の海の彼方にある。
課された禁忌——地に足をつけるな——は、ゲッシュと呼ばれるアイルランド文学の定型である。破れば身を滅ぼす個別の禁令であり、多くの英雄がこれによって死ぬ。ニーヴがオシーンに与えたものも同じ型に属する。
関わる神格・伝承
恋人はオシーン、義父はフィン。常若の国の王の娘とされる。
中世の資料には、まったく別の姿がある。最も古い伝えでは、ニーヴはマンスター王エンガス・ティーレッハの娘であり、異界の女ではなく人間の王女である。オシーンとアルスターへ駆け落ちして六週間を過ごすが、追ってきた父の軍が到着すると、自ら死を選んだ。
18世紀の詩が広めた常若の国の物語と、中世の駆け落ち譚。同じ名の下に、成立時期のまったく違う二つの話が並んでいる。研究者のなかには、コミーンが失われた口承に基づいたのではなく、『老人たちの語らい』に見えるオシーンやキルタの妖精塚訪問というわずかな手がかりから、物語の大半を自ら作ったのではないかと見る者もいる。
文化的足跡
オシーンがなぜガヴラの戦い——フィアナが全滅した戦い——で死ななかったのか。そしてなぜ数百年後に聖パトリックへ語ることができたのか。この二つを説明するために語られた複数の話のうち、最もよく知られたものがニーヴの物語である。
W・B・イェイツは長詩『オシーンの放浪』(1889年)でこの主題を扱い、アイルランド文芸復興の出発点に置いた。三百年の不在ののちに帰り、自分の世界がすでに失われていることを知る——この構図が、19世紀末のアイルランドの自己認識に強く響いたのである。