アイネ
アーネ · アーニェ · Áine
アイルランドの女神。夏と太陽、豊かさと土地の主権をつかさどる。リムリック州のクノック・アーネの丘では、1879年まで彼女に捧げる火の行列が続いた。
解説
概要
アイネ(Áine)は、アイルランドの女神である。夏と太陽、富と美、そして土地の主権に結びつけられ、赤い牝馬の姿で表されることがある。名は古アイルランド語で「輝き、光、喜び、栄光」を意味する。
信仰の中心はリムリック州で、クノック・アーネ(Cnoc Áine、アイネの丘)はその名を負う。丘では彼女に捧げる火の儀礼と土地の祝福が行われ、1879年まで記録が残る。同じ名を持つ場所は各地にあり、ティロン州のトゥベラナ(アイネの泉)、ラウス州のドゥナニー(アイネの砦)、ロンドンデリー州のリサン(アイネの囲い)、ドニゴール州ティーリン近くのクノック・アーネが知られる。複数の一族が彼女を祖と称した。
神話・物語
まとまった神話としてではなく、系譜と地方の口承の集積として伝わる。
アリル・オロムの子孫であるマンスターのエーガナハタ王家は、この女神を祖と称した。より知られるのは、デズモンド伯ジェラルド・フィッツジェラルド(イアルラ・ゲロード)をめぐる伝承である。伯はアイネの外套を奪って彼女を犯し——外套はこの女神を従わせる唯一の手立てだった——生まれた子がジェラルドだという。ジェラルドは体を縮めて瓶に入り、ラフ・グァーのほとりで鵞鳥に変じる力を持ち、マンスターの予言では、いつか黒馬に乗って湖から現れ最後の戦いに臨むとされた。別の伝えでは、彼女に犯されたのは伯自身で、報いとして鵞鳥に変えられるか、殺されるか、その両方に遭う。ノルマン系の一族が土地の女神を祖に据えたこの伝承は、フィッツジェラルド家が「アイルランド人よりアイルランド的」と呼ばれるに至る過程と重なっている。海の神マナナン・マクリルの妻あるいは娘とする異伝もある。
リムリック州の口承はより暗い。二人の娘に結婚を禁じたが長女が背き、婚礼の夜、婿が娘を食っているのを見つける。次女もドルイドと駆け落ちし、アイネは家に籠ってシーとだけ語らい、聖ヨハネの前夜に悲嘆のうちに死んだ。畑で松明が掲げられるようになったのはこのときからだという。別の話では湖の底に住み、夏至に水面へ出て金の櫛で長い髪を梳く。眠ったすきに櫛を盗んだ羊飼いは災いに見舞われ続け、死の前に櫛を湖へ返してくれと頼んだ。
満月の六夜目、月が水面に明るく照る夜に病者を湖へ運ぶ習俗もあった。八夜、九夜までに癒えなければ、アイネが妖精の楽(ケール・シー)を奏で、赤毛の小人である弟の竪琴弾きフェル・フィーが、死者を眠らせる調べスアントラゲを歌ったという。
図像と象徴
古代の図像はなく、近代の絵姿も定型を得ていない。当サイトも主画像を掲げない。この女神の像は、丘と湖と火のうちにある。
最もよく記録されたのは、聖ヨハネの前夜の火の行列である。男たちは藁と干し草を竿に束ねたクリーア(clíar)を掲げてクノック・アーネに登り、火を点して丘の頂へ練り歩いた。のち松明を手に自分の畑を駆け、家畜のあいだを通して一年の幸を祈る。近隣の村から来る者は、丘に近づくとき月を仰がねばならなかった。そうしなければ故郷を忘れるとされたのである。夏至の火が土地の実りを保証するという理解が、そのまま所作になっている。
伝承が与える標識は少ないが明確である。赤い牝馬、金の櫛と長い金髪、そして湖の水面に射す月の光。セイヨウナツユキソウ(「牧場の女王」)は彼女の草とされた。
系譜と関係
父はエグヴァル、弟に赤毛の竪琴弾きフェル・フィー。姉妹としてグリアン(「太陽」の意)の名が挙がるが、これをアイネの別の相とみる説、マッハの変名とみる説もある。
グリアンとの対を、カリアッハベーラとブリギッドの季節の対と同型とみる解釈がある。アイネが夏半年の明るく大きな太陽を、グリアンが冬半年の淡く小さな太陽を担うという読みである。ただしグリアンの名は印欧祖語 *gwher-(熱する、燃える)に遡り、他の印欧語で「太陽」を指す語とは系統が異なる。アヌとの名の見かけ上の近さからダヌと同一視されることがあるが、これは誤りである。アルスターで最も力ある妖精とされる「アイニャ」は、この名の異形かもしれない。
なお「スリーヴ・クリンの狩」でカリアッハベーラがミルクラの名で語られるとき、アイネはその姉妹とされる。
文化的足跡
リムリックでは近代に至るまで「妖精の女王」として記憶され、これまで生きたなかで最も心根のよい女だと語られた。中世の王家の系譜から近世のノルマン系領主の祖先譚、そして19世紀の農村の火祭りまで、この女神は一貫して土地と結びついて語られ続けている。丘の行列は絶えたが、クノック・アーネの名は今も地図に残る。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。