テオニム THEONYM · 世界神話アーカイブ 神格を検索
エポナ
PLATE — EPONA
CELTAE · ケルト神話
EPONA

エポナ

エポーナ · Epane · Epona Regina

Rosemania CC BY 2.0

ガリアの馬の女神。牝馬に横乗りする姿で表され、ローマの騎兵とともに帝国全域へ広まった。属州出身の神でありながら、ローマ市そのもので祀られた数少ない例である。

01

解説

概要

エポナ(Epona)は、ガリアで崇拝された馬の女神である。名はガリア語の epos(馬)に接尾辞 -on と女性語尾 -a を添えた形で、「偉大な牝馬」ほどの意に解される。語幹はケルト祖語 *ekʷos に遡り、ラテン語 equus、サンスクリット aśva と同じ系統に属する。

大陸のケルトの神々は、その多くがローマの神名に置き換えられて記録に残った(インテルプレタティオ・ロマーナ)。エポナはそうならなかった。名を保ったまま帝国に受け入れられ、1世紀から3世紀にかけて騎兵の守護神として広まり、属州出身の神としては例外的にローマ市内でも祀られている。

神話・物語

物語らしい物語は伝わらない。大陸のケルトが自らの神話を文字に残さなかったためで、この女神の姿は碑文・奉納像・小像と、ローマの著述家の断片的な言及から組み立てるほかない。

ユウェナリスの『諷刺詩』は厩に祀られたエポナに触れ、アプレイウスの『黄金の驢馬』は、テッサリアの厩の柱龕に据えられた女神像が摘みたての薔薇で飾られていた情景を描く。いずれも、この女神が神殿より先に厩にいたことを示している。

起源譚として唯一まとまっているのは、偽プルタルコス『小対比列伝』の伝える異説である。女嫌いの男フルウィウス・ステッルスが牝馬と交わり、生まれた娘がエポナだという。露骨な卑俗化だが、印欧語族に広く見られる馬と王権の儀礼——ヴェーダのアシュヴァメーダや、ギラルドゥス・カンブレンシスが12世紀に書き留めたアイルランドの即位儀礼——の記憶を留めるとみる解釈もある。ただし典拠は薄く、定説ではない。

図像と象徴

彫像はフェルナン・ブノワによって五つの型に整理された。馬に乗る型、馬の前に立つか坐す型、二頭の馬に挟まれて坐す型、ポトニア・テローンのように馬を従える型、そして牝馬と仔馬のみで女神を示す象徴型である。

最も数が多いのは横乗りの騎乗像で、ガリアに集中する。長衣をまとい、脚を揃えて牝馬の背に坐す。ガリアの外——ライン地方、パンノニア、ダキア、バルカン——では、玉座に坐して左右から二頭ないし数頭の馬が首を向ける型が優勢になる。ケンゲン(ドイツ)出土の2世紀ごろの浮彫がその典型で、女神は膝に果物の籠を載せ、両側の馬が顔を寄せている。

持物はコルヌコピア、果実や麦穂を盛った皿、パテラ、パン。コルヌコピアは地中海世界からの後補と見られ、幸運の女神フォルトゥーナや母神群像とも共有される記号である。鍵や軛を持つ例、犬や鳥を伴う例もある。仔馬に餌を与える所作は繰り返し現れ、この女神が競走馬ではなく繁殖と飼養の側に立っていたことを示す。ブリテン島出土の高さ7.5センチのブロンズ像では、女神の膝と掲げたパテラの上に不釣り合いに大きな麦穂が載り、左右の小さな馬が首を向けて口から麦穂をのぞかせている。馬と穀物と豊穣が、一つの小像に畳み込まれている。

系譜と関係

親も配偶者も子も伝わらない。系譜を語る文献そのものが存在しないためである。碑文が伝えるのは添え名で、「エポナ・アウグスタ」「エポナ・レギナ(女王)」の形で皇帝祭祀に取り込まれた。

ウェールズの『マビノギオン』に現れるリアンノンは、どれだけ速く追っても追いつけぬ白馬に乗って現れ、罰として旅人を背負う馬の役を負わされる王妃である。エポナとの連続性は古くから論じられてきたが、ロナルド・ハットンは慎重で、リアンノンははるかに後代の文学的形象だと指摘する。アイルランドの女神マッハや、アルカディアで牝馬の姿をとったデーメーテールとの比較も同様に、機能上の並行であって同一視を記録した史料はない。

メッツ出土の浮彫のようにメルクリウスと並べて表された作例はあるが、これは併祀であって同一視ではない。メルクリウスマールスの名を借りた在来神が多いなかで、エポナが interpretatio を経ずに自らの名で通ったこと自体が、この女神の位置を示している。

文化的足跡

碑文と像はガリア東部・ライン地方・ドナウ諸州に濃く分布し、騎兵部隊の駐屯地と重なる。奉納者にはケルト人だけでなくゲルマン人やシリア人の名も見え、この女神が民族の枠を越えて携行されたことがわかる。ヒスパニアではエパネ(Epane)の名で知られ、シエラ・モレナの鉱山地帯にまで及んだ。イタリアのグイディッツォーロ出土の農事暦は12月18日をエポナの祭日として記すが、地方限定の祝祭だった可能性がある。

コーンウォールのパドストウの五月祭の馬や、ウェールズのマリ・ルウィド(灰色の牝馬)といった馬の民俗行事を、エポナ信仰の残存とみる説が民俗学者によって繰り返し唱えられてきた。しかし18世紀以前に遡る証拠はなく、現在では慎重に扱われる。現代では、ゲーム作品に登場する愛馬の名として、原典よりはるかに広く知られている。

02

領分・別名

03

資料

Wikidata
Q835976 — 骨格データの出典
Commons
Epona — 図像カテゴリ