ゴヴニュ
ゴブニュ · ゴヴネン · ガヴニャ
トゥアハ・デ・ダナーンの鍛冶神。三度の槌打ちで穂先を仕上げ、外れることのない槍を鍛えた。饗宴の主でもある。
解説
概要
ゴヴニュ(Goibniu)は、アイルランド神話におけるトゥアハ・デ・ダナーンの鍛冶神である。神々の武器を鍛える者であると同時に、饗宴を供する者としての相も持つ。
名はケルト祖語の再建形 Gobannos に遡り、語幹 goben-(鍛冶)から派生する。古アイルランド語のゴヴァ、中期ウェールズ語のゴヴ、古コーンウォール語のゴフがこれにあたる。同じ語幹は、ウェールズのドーンの子ゴヴァノン、そしてガリアの碑文に見える「神コバンヌス」(Deo Cobanno)にも現れる。ケルト語圏の三つの地域に、同じ語根から作られた鍛冶神の名が並んでいることになる。
神話・物語
『マグ・トゥレドの戦い』における彼の働きは、戦の帰趨を左右した。フォモール族との決戦で、彼は工房を戦場のかたわらに構え、折れた武器を作り直し続ける。彼が鍛えた槍は的を外すことがなく、その傷は癒えないとされた。作業は三人がかりの流れ作業として描かれる。ゴヴニュが三度の槌打ちで穂先を仕上げ、木工のルフタが柄を投げ渡し、青銅細工のクレーニュが鋲を打つ。この三人はトリー・デー・ダーナ(技芸の三神)と総称される。
その工房に、ブレスとブリギッドの子ルアザンが偵察に入った。フォモール側に通じていた彼は、ゴヴニュ自身の鍛えた槍で彼を刺す。ゴヴニュは槍を引き抜き、投げ返してルアザンを討った。父のもとへ戻って息絶えた息子を悼み、母ブリギッドが上げた叫びが、アイルランドで最初の哭き歌(キーニング)であったと物語は伝える。傷を負ったゴヴニュ自身は、医神ディアン・ケヒトの癒しの泉に浸って回復した。
饗宴の主としての相も語られる。フィアシュ・ゴヴネン(ゴヴニュの饗宴)は、マナナン・マクリルがトゥアハ・デの戦士たちに与えたもので、これに与る者は病と老いを免れるとされた。武器を作る神が同時に不老の宴を主宰するという組み合わせは、この神の性格を一つの職能に還元しにくくしている。
尽きせぬ乳を出す牝牛グラス・ガウナンの持ち主とも伝えられ、これをバロールに奪われる話が各地の口承に残る。9世紀の聖ガル写本に収められた呪文では、棘を抜くために彼の名が呼ばれる——ゴヴニュの技はきわめて鋭い、ゴヴニュの錐の前をゴヴニュの錐が行け、と。
図像と象徴
この神を描いた図像は伝わらず、当サイトも主画像を掲げない。
物語が与える標識は、三度の槌打ちで仕上がる穂先である。回数が明示されている点が特徴で、鍛冶の作業が神話のなかで手順として描かれることは多くない。もう一つは尽きせぬ乳の牝牛で、武器と食物という、共同体が外と内に向けて必要とする二つのものが、同じ神のもとに置かれている。
系譜と関係
父の名はエサルグ、あるいは「斧を投げる者」トゥイルベ・トラーグヴァルとされる。『マグ・トゥレドの戦い』は彼をディアン・ケヒトおよびヌアザの兄弟と明記する。妻の名は伝わらず、ドロヘダの洞窟に葬られたという。
工匠三神としてはクレーニュ、ルフタと組み、別の稿本ではクレーニュとディアン・ケヒトの組で数えられる。なお、腕を失ったヌアザに銀の腕を与えた工匠を彼とする資料もあるが、『マグ・トゥレドの戦い』はこれをディアン・ケヒトとクレーニュの手によるものとしており、当サイトは後者を採る。
言語の上では、ウェールズのゴヴァノンとガリアのコバンヌスが同源にあたる。地名にも残り、ローマ期のゴバンニウム(現在のアバガヴェニー)、スコットランドのゴヴァン、フランスのサン=ゴバンがいずれもこの語幹を負う。
文化的足跡
鍛冶は、共同体の内側にありながら火と金属を扱う特別な職能であり、多くの社会でその担い手に両義的な位置が与えられてきた。ゴヴニュが武器を鍛える者であると同時に病と老いを退ける饗宴の主でもあるのは、その両義性の現れとも読める。
民間伝承では、地上に現れた姿として名工ゴヴァン・ソールや、魔法の鍛冶ロン・マク・リョンタが語られる。フランスのサン=ゴバンの地名は、17世紀に王立ガラス工場が置かれてサン=ゴバン社の名となり、ケルト語の「鍛冶」に遡る語根が、今日の企業名として残る結果になった。