ケルヌンノス
Cernunnos
ガリアのケルトに崇拝された、角を戴く神。牡鹿の角とトルクを備え、野の獣に囲まれた姿で表され、豊穣と富、そして生と死の境をつかさどるとされる。
解説
概要
ケルヌンノス(Cernunnos)は、ガリア(おおむね現在のフランス)を中心にケルト系の人々が崇拝したとされる神である。牡鹿の角を戴き、トルク(首環)を備え、しばしば野の獣に囲まれた姿で表される。その名が明確に記された遺物はただ一つしかなく、多くの図像は姿の共通性からケルヌンノスと同定されている。豊穣神・富と幸運の神としての性格に加え、生と死の境をつかさどる神とも解釈されてきた。
神話・物語
ケルヌンノスについては、まとまった物語が伝わっていない。ケルトの神々は文字に書き記されるより先にローマの征服を受け、その神話の多くが失われたためである。名が確実に読み取れる唯一の典拠は、ローマ皇帝ティベリウス(在位14〜37年)の治世に、ルテティア(ローマ期のパリ)の船乗りの組合が奉献した石柱「船乗りの柱(Pilier des nautes)」である。1710年にノートルダム大聖堂の地下から発見されたこの記念碑には、ローマとガリアの神々が名札付きで並び、その一角に、角を戴くケルヌンノスの名が刻まれている。ケルトの神が銘文で名指しされる例はこれ以外に知られず、その意味で、この一片が神の名の全記録に等しい。
図像と象徴
ケルヌンノスの図像は、いくつかの決まった標識をもつ。牡鹿の枝角、首や腕を飾るトルク、そして足を組んで座す独特の座法である。最も名高い作例は、デンマークの泥炭地から出土した銀製のグンデストルップの大釜の内部図で、角を戴く神が片手にトルクを、片手に牡羊の角をもつ蛇を握り、鹿や狼など多くの獣に囲まれて座す。この構図から、ケルヌンノスは「獣の王(獣の主)」と称されてきた。トルクはケルト社会で富と地位、聖性の徴であり、角から吊るされ、あるいは手に握られることで、この神の権能を物語る。フランス北東部ランスのレリーフでは、袋から穀物や貨幣を注ぐ姿で表され、豊穣と富をもたらす性格が具体的に描き出されている。ただし、名を記す遺物は船乗りの柱ただ一つであり、ほかの像はいずれも姿の類似からケルヌンノスと呼ばれているにすぎない。名指しの証拠と、比較による同定とを混同しないことが、この神を語るうえでの要諦である。
系譜と関係
ケルヌンノスには、系譜らしい系譜が伝わらない。特筆すべきは、ローマの征服後もこの神がインテルプレタティオ・ロマーナ(ローマの神への読み替え)をまぬかれ、ローマの神々の誰とも同一視されないまま独自の姿を保った点である。中世アイルランドの英雄コナル・ケルナハとの関連を推測する説や、足を組む角ある人物を描いた中世美術との連続を見る説もあるが、いずれも確証を欠く。角を戴き獣を従えるという特徴は、ギリシアやオリエントに広く見られる「獣の女主人(ポトニア・テローン)」の図像類型とも比較されるが、姿の近さは機能の共通であって、系統の同一を意味しない。
文化的足跡
断片的な記録しか残らないにもかかわらず、ケルヌンノスは近現代に大きく再発見された神である。20世紀の民俗学者マーガレット・マレーは、角ある神を中世の魔女信仰と結び付ける説を唱えた。この説は今日の学界では否定されているが、ウィッカやネオペイガニズムにおける「角ある神(Horned God)」の像に影を落とした。今日ではファンタジー作品やゲームにも、角を戴く自然神としてしばしば引かれる。だがその原像は、名をただ一度しか石に刻まれなかった、ガリアの神にある。