イーリス
イリス · アイリス · イーリース
ギリシア神話の虹の女神。天と地を結ぶ伝令として神々の言葉を運び、神々が誓うときにはステュクスの水を汲みに冥界へ下る。
解説
概要
イーリス(Ἶρις / Iris)は、虹を擬人化したギリシアの女神である。名はギリシア語でそのまま虹を意味する。天と地を結ぶ虹の弧が、そのまま神々の伝令という役割になった。ヘルメースがゼウスの使者を務めるように、イーリスはヘーラーの忠実な伝令として働く。ただし『イーリアス』ではその区別は厳密でなく、ゼウスのために動く場面も多い。
神話・物語
『神統記』が伝えるイーリスの務めのうち、最も重いのは誓いにまつわるものである。神々が争い、あるいは偽りを言う者があるとき、ゼウスはイーリスを冥界へ遣わし、ステュクスの水を黄金の水差しに汲んで来させる。神々はその水を注いで誓う。虹は天と地を結ぶだけでなく、オリュンポスと冥界をも結んでいる。
出産の場面にも現れる。『ホメーロス風讃歌』の「アポローン讃歌」によれば、レートーがデーロス島で九日九夜苦しんだとき、女神たちはイーリスを遣わして、母ヘーラーのもとに留め置かれていたエイレイテュイアを呼び出させた。イーリスがヘーラーの目を盗んで説き伏せ、デーロスへ連れて行ったことで、アポローンは生まれた。
オウィディウス『変身物語』では、ヘーラーの命を受けて眠りの神ヒュプノスの館へ下り、その子モルペウスを遣わして、アルキュオネーの夢枕に夫ケーユクスの死を告げさせる。使者としての足の速さは繰り返し強調され、遠い土地にも海の底にも瞬く間に到るとされた。
図像と象徴
背に翼をもち、伝令の杖ケーリューケイオンと水差しを手にする若い女性として表される。主画像に掲げたのはタナグラ出土のアッティカ白地レキュトス(前500年から前490年頃、ルーヴル美術館、ディオスポス画家)で、翼を広げて疾駆する姿に、その速さが表現されている。
ただし翼をもつ女性像はイーリスに限らない。ニーケーもヘーベーも翼を得ることがあり、銘のない作例では同定が割れる。パルテノン東側の一体をめぐる議論はその代表である。イーリスを他から分ける手がかりは、伝令の杖と、しばしば添えられる水差しである。
系譜と関係
父タウマース、母はオーケアノスの娘エーレクトラー。ハルピュイアたちの姉妹にあたる。風の神ゼピュロスの妻とされ、子にポトス(あるいはエロース)を挙げる伝えがある。ローマではアルクス(Arcus、「弧」の意)が対応するが、これはほとんど名だけの存在である。
文化的足跡
眼の虹彩を iris と呼ぶのも、アヤメの学名 Iris も、いずれもこの女神の名に由来する。いずれの場合も、色が輪をなして広がる様が虹に重ねられている。虹を神々の道と見る発想は北欧のビフレストにも見えるが、これは虹という現象が橋や道の比喩を呼びやすいことの現れであって、系統上のつながりを示すものではない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。