ニンシュブル
ニンシュブラ · ニンシュブール · イラブラト
イナンナのスックル(神の従者)にして使者。上位の神に取りなす者として日常の信仰で広く親しまれた。イナンナの冥界からの帰還を実現したのはこの女神の訴えである。
解説
概要
ニンシュブル(𒀭𒎏𒋚、「シュバルトゥの女主」あるいは「従者たちの女主」)は、メソポタミアの女神である。女神イナンナのスックル(神の従者)とされた。
この文脈では女性と見なされることで一致しているが、他の場合には男性ともされる。イラブラトのような他の使者神との習合によるものかもしれない。
系譜については確かな情報がなく、通常は配偶者を持たないとされた。
神話・物語
スックルとして、この女神は使者であると同時に、他の神々と人の請願者のあいだを取りなす者でもあった。
上位の神に取りなしうるという信仰のため、日常の信仰においてきわめて人気があった。この女神を呼ぶ神名を含む人名が数多く知られ、個人の祭祀への言及も残る。本来の祭祀の中心はアッキルであったが、初期王朝時代にはすでに近隣のウルクでも祀られていた。ラガシュの万神殿にも取り入れられ、そこではギルスが祭祀の中心となる。この地域の複数の王が、この女神を自らの守護神とした。ウル第三王朝期にはウルにも導入される。ほかにアダブ、ニップル、マルギウムなどでも祀られた。
神話における役どころは、イナンナの同行者である。
『イナンナの冥界下り』では、イナンナの帰還を確保する役を担う。主が冥界から戻らなかったとき、ニンシュブルはエンリル、ナンナ、エンキに順に訴えて助けを乞うた。エンキが応じ、イナンナは蘇る。復活したイナンナは、身代わりを求めて遣わされたガッラの魔物たちから、この従者を守った。ニンシュブルの喪の悲しみは、同じ作品においてドゥムジの態度——それが彼の死を招く——と対比される。
『イナンナとエンキ』では、イナンナがメー(文明の理法)を盗んだのちエンキの従者たちから逃れるのを助ける。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、イナンナを表す円筒印章の図である(前2350〜2150年頃)。
この女神を規定するのは、スックルという職掌である。神の従者であり、使者であり、そして取りなす者。上位の神へ直接祈ることのできない人が、この女神を介して願いを届ける。日常の信仰で人気があった理由がここにある。
神々の階層のなかで、最も人に近いところに位置する神格といえる。
関わる神格・伝承
主はイナンナ。男性の使者神イラブラトと習合した。
取りなす者という職掌は、メソポタミアの宗教における個人神(イル)の観念と接続する。神殿の大祭祀と個人の祈りをつなぐ回路が、この神格に集約されている。
文化的足跡
日本語圏では、『イナンナの冥界下り』の紹介においてこの名が挙げられることがある。しかしイナンナの復活を実現したのが、この従者の粘り強い訴えであったという点まで語られることは少ない。
主人公ではない神格が、物語の帰趨を決める——メソポタミアの神話には、この型がしばしば現れる。