シヴ
シフ · シーヴ · Sif
トールの妻で、黄金の髪をもつ女神。ロキに髪を刈られ、その償いとして神々の宝が次々に鍛えられた。名は「婚姻による縁」を意味する語に由来する。
解説
概要
シヴ(Sif、シフとも)は、北欧神話の女神。トールの妻で、黄金の髪で知られる。ウルの母であり、トールとのあいだにスルーズをもうけた。
名は古ノルド語 sifjar の単数形である。sifjar は「姻戚関係」を意味する語で、古英語 sibb、英語 sib、ゴート語 sibja、古高ドイツ語 sippa、現代ドイツ語 Sippe と同根にあたる。byggja sifjar といえば「婚姻を結ぶ」ことだった。ジョン・リンドウは「姻戚関係」、アンディ・オーチャードは「縁者」、ルドルフ・シメクは「婚姻による縁」と訳す。この女神の名は、要するに婚姻の絆そのものである。
神話・物語
最もよく知られるのは髪をめぐる一件である。『詩語法』によれば、ロキが悪戯にこの女神の髪を刈り落とした。トールに捕らえられたロキは、黄金の髪を作って弁償すると誓い、スヴァルトアールヴヘイムのドヴェルグ、イーヴァルディの息子たちに作らせる。細く長く伸ばされた黄金は、頭に載せれば根づいて本物の髪のように伸びるものだった。
この償いから、北欧神話の主要な持物がほとんど出そろう。イーヴァルディの息子たちは髪とともに槍グングニルと船スキーズブラズニルを作り、続く賭けでブロックとエイトリの兄弟が腕輪ドラウプニル、猪グリンブルスティ、槌ミョルニルを鍛えた。神々の武具の来歴は、一人の女神の髪が刈られたところから始まっている。
貞節をめぐる話も繰り返し現れる。『ハールバルズの歌』第48節で、ハールバルズ(変装したオーディン)はトールに、お前の妻には家に情夫がいると告げる。トールはそれを「最も辛い嘘」と呼んで退けた。『ロキの口論』第53〜54節では、罵倒を続けるロキに水晶の杯で蜜酒を注ぎながら、シヴが、私についてだけは言えることがないはずだと述べる。ロキは、自分こそがその情夫だと言い返す。シヴは応じない。
『詩語法』は、この女神を巨人フルングニルがフレイヤとともに連れ去ろうとした相手として挙げる。『スノッリのエッダ』の序文——神々を過去の人間として語り直すエウヘメリズムの枠組み——では、トールの妻となった「シビュラと呼ばれる女預言者」とされ、二人のあいだにローリジという子があったとされる。
図像と象徴
異教期の造形は知られていない。近代の図像は、ほぼすべて髪を主題とする。
本サイトが掲げるのは、ジョン・チャールズ・ドルマンが1909年に描いた一葉である(H・A・ゲルバー『エッダとサガより見たる北欧人の神話』所収)。石段に腰を下ろした女神の、体を包むほどの長い髪が画面の大半を占め、背後の壁の上から人影がこちらを窺っている。ロキが髪を刈りに近づく場面と読むのが自然だが、書物の図版一覧はこの絵を単に《シヴ》と題し、掲載頁の小見出しは《シヴとトール》とする。人影の正体は、絵の側からは決まらない。
ケニングでは、黄金がしばしば「シヴの髪」と呼ばれる。物語のなかの一挿話が、詩の語彙として定着した例である。この女神を指す言い方としては「トールの妻」「ウルの母」「美髪の女神」「ヤールンサクサの恋敵」「スルーズの母」が挙げられている。関係によってしか名指されないという点は、名の意味そのものに一致している。
『詩語法』はまた、シヴを「大地」の言い換え(ヘイティ)の一つに数える。刈り取られる黄金の髪を、収穫後の麦畑に重ねる読みは19世紀以来くり返し提示されてきた。ヤーコプ・グリムは、当時のスウェーデン・ヴェルムランドの住民がトールの妻を「グードモール(善き母)」と呼んでいたと記録している。ただし原典がこの女神を豊穣と結びつけて語ることはない。解釈と記述は分けて見る必要がある。
系譜と関係
夫はトール。子はトールとのあいだにスルーズ、そしてウル——ウルの父の名は伝わらず、トールにとっては継子にあたる。
マグヌス・オルセンにはじまる一群の研究者は、古英語の『ベーオウルフ』でヘオロットの広間を巡って戦士たちに蜜酒を注ぎ、諍いを鎮めるフロースガールの妃ウェアルフセーオの役に、この名と同根の語 sib の観念を読み取ってきた。婚姻によって敵対する集団を結びつける女という位置づけである。
文化的足跡
黄金を「シヴの髪」と呼ぶ言い方は、スカルド詩の語彙として長く用いられた。この女神が記憶されてきたのは、物語の主役としてではなく、詩の言い回しとしてである。
現代の翻案では、トールの妻という一点で登場することが多い。原典が与えた行為は、髪を刈られること、ロキに蜜酒を注ぐこと、そして黙っていることの三つしかない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。