フレイ
フレイル · フレイル神 · イングヴィ=フレイ
北欧神話の豊穣の神。ヴァン神族の出で、王権と平和と豊作を司る。黄金の猪と折り畳める船を持ち、巨人の娘への恋のために剣を手放した。
解説
概要
フレイ(Freyr)は、北欧神話の神。名は古ノルド語で「主」を意味し、ゲルマン祖語 *frawjaz(哥特語 frauja、古英語 frēa、古高ドイツ語 frō)に遡る——つまり固有名ではなく称号である。ヴァン神族の出身で、豊作と平和、王権と富を司る。
スウェーデンとの結びつきが特に強く、スウェーデン王家ユングリング家はこの神を祖とする。イングヴィ=フレイの名はそれを示す。ウプサラの神殿に据えられていた三神像の一つがこの神であったと、11世紀のアダム・フォン・ブレーメンは記す。ただし領分の割り当ては資料によって食い違う。アダムは天候と実りをトールに帰し、フレイには平和と快楽を割り当てた。スノッリは逆に、天候と地の実りをフレイのものとする。アイスランドとスウェーデンで神の役割が同じだったとは限らず、どちらかが誤っているとも限らない。
神話・物語
まとまった物語は一つしかない。『スキールニルの言葉』が語る、巨人の娘ゲルズへの恋である。
フレイはオーディンの高座フリズスキャールヴに座り、全世界を見渡した。そのとき巨人ギュミルの娘ゲルズが腕を上げ、その光が海と空を照らした。以来フレイは口をきかず、眠らず、食べない。従者スキールニルが訳を聞き出し、求婚の使者に立つ。フレイは馬と、自ら戦う剣をスキールニルに与えた。
ゲルズは黄金の林檎もドラウプニルも拒む。スキールニルは剣を抜いて脅し、それでも動じない相手に、ついに呪いのルーンを刻むと告げる——おまえは怪物のもとへ嫁がされ、渇きと吐き気と狂気に苛まれる、と。ゲルズはこれに屈し、九夜の後にバッリの森で会おうと答えた。求婚の物語としては異様に暴力的で、豊穣神話の儀礼を反映したものと読む説と、そう読むべきではないとする説が対立している。詩の末尾で、フレイは九夜が長すぎると嘆く。
剣を手放したことの代償は、二度払われる。巨人ベリと戦ったときは剣がなく、鹿の角で打ち殺した。そしてラグナロクでは、炎の巨人スルトに討たれる。『巫女の予言』は、スルトの剣を「神々の剣」と呼ぶ一節を含む。この読みを採るなら、フレイは自分が手放した剣で殺されることになる。
『ロキの口論』でロキは、ヴァン神族の近親婚を持ち出し、フレイが姉フレイヤと交わったところを神々に見つかったと言い立てる。テュールがフレイをかばい、ニョルズも応酬に加わる。ヴァン神族が兄妹婚を行うという設定は、スノッリも別の箇所で言及している。
図像と象徴
聖獣は猪、乗り物は船である。黄金の猪グリンブルスティは毛が光を放って闇を照らし、船スキーズブラズニルは常に順風を受け、畳めば懐に入る。いずれもドヴェルグの作である。『フースドラーパ』によれば、フレイは猪に車を曳かせてバルドルの葬儀へ赴いた。馬ブローズグホーヴィ(血の蹄)を挙げる資料もある。
造形資料としては、スウェーデン南部レリンゲ出土の青銅小像がよく知られる。9世紀のもので、あぐらをかき、尖った帽子をかぶり、顎鬚を掴んだ姿に作られている。像は勃起した男根を備えており、これがフレイと同定される主たる根拠である。アダム・フォン・ブレーメンがウプサラの「フリッコ」像を「巨大な男根を備えている」と記したのと合致するためだが、他の何かである可能性も残る。北欧の神像として現存する数少ない例であり、フレイの図像を語るときの出発点になっている。
猪の意匠は装身具や兜にも及ぶ。イングランドのベンティ・グレンジ出土の兜は猪の像を頂に戴き、『ベーオウルフ』も猪を飾った兜を繰り返し歌う。豊穣神の獣が戦士の護符になっているのであり、猪の象徴は農耕と戦闘の両方にまたがっていた。
近代の絵画では、猪を伴った若い神という穏やかな造形が定着した。剣を手放した神という原典の設定が、武器を持たない図像として都合よく引き継がれた面もある。
系譜と関係
父はニョルズ、母はその名の伝わらない姉妹、双子の姉妹がフレイヤ。妻はゲルズ。従者はスキールニルのほか、パン作りに関わるとみられるビュグヴィルとベイラがいる。ヴァン神族としてアース神族に人質として渡り、以後は神々の一員として数えられる。歯が生えた祝いに、アールヴの国アールヴヘイムを与えられた——アールヴとヴァン神族の関係を示唆する一節である。
祭祀の痕跡は濃い。スウェーデンのフレースエー(フレイの島)をはじめ、この神の名を含む地名は北欧に広く分布する。『フラート島本』所収の逸話は、フレイの像を車に乗せて土地を巡らせ、豊作を祈る行列を伝えており、これは1世紀のタキトゥスが記したネルトゥスの行列とよく似ている。神像を車で引き回すという型が、千年を隔てて同じ地域に現れていることになる。
文化的足跡
ユングリング家の祖という位置づけは、スウェーデン王権の由来として長く語り継がれた。スノッリは『ヘイムスクリングラ』で神々を古代の王として説明し直し、フレイをウプサラの支配者に据えている。神話から王統譜へという書き換えは、キリスト教化した社会が異教の神を扱う定石だった。
現代の創作では、フレイはトール、オーディン、ロキに比べて出番が少ない。剣を捨てた神という設定が、戦闘中心の物語に組み込みにくいためだろう。だが祭祀の広がりという点では、この神は北欧で最も広く祀られた三柱の一つであった。物語の量と信仰の厚みは、しばしば一致しない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。