ケートゥ
計都 · 計都星 · スヴァルバーヌ(分断以前)
月の降交点を司る九曜の一。首を斬られたアスラの胴体とされ、執着からの離脱と解脱を示す星として、凶と吉の両面をあわせもつ。
解説
概要
ケートゥ(Ketu / केतु)はナヴァグラハ(九曜)の一つで、月の降交点にあたる。ラーフと対をなす「影の惑星」であり、実体をもたない。不死の霊薬を盗み飲んで首を刎ねられたアスラ、スヴァルバーヌの胴体がこれであるとされる。頭であるラーフが呑み込む働きを担うのに対し、ケートゥは失われた部分としての性格を帯び、執着からの離脱や解脱を示す星と解されてきた。漢訳では計都。
神話・物語
出自は乳海攪拌をめぐる説話に遡る。神々の列に紛れてアムリタを口にしたスヴァルバーヌは、スーリヤとチャンドラに見咎められ、ヴィシュヌの円盤によって首を刎ねられた。すでに不死となっていたため死ぬことはできず、頭はラーフ、胴はケートゥとして残る。月食を起こすのはケートゥの側であるとする説明も広く行われている。
ただし系譜には別伝がある。日本語圏で紹介されることの多い伝えでは、ケートゥはラーフの子とされ、しかも単数ではなく32の彗星の総称であるという。空に現れるのは凶兆と解された。ケートゥという語がもともと「旗」「光の筋」を意味し、彗星を指す語でもあったことを踏まえると、この伝えは天文現象の側から名が与えられた経緯を残しているとみることもできる。頭と胴に分かたれた一体の存在とみるか、ラーフの子とみるかは、決着していない。
図像と象徴
胴だけの姿、あるいは蛇の尾をもつ人物として描かれる。E・A・ロドリゲス『ザ・コンプリート・ヒンドゥー・パンテオン』(1842年)の版画は、蛇身の下半身をもつ姿を伝える。南インドの寺院では九曜を一区画にまとめて安置するため、ケートゥ像も他の八体との配置関係のなかに置かれる。
ジョーティシャにおける解釈は、凶と吉が入り組む。物質的な喪失と混乱をもたらす凶星とされる一方で、その喪失こそが人を精神的な方向へ向かわせるとして、九曜のうち最も霊的な星とも呼ばれる。知性、洞察、無執着、幻想、そして解脱(モークシャ)を司るとされ、頭を失った胴——すなわち何も必要としない者——という形そのものが、放棄の人格化として読まれる。ガネーシャがこの星を司る神格とされ、その真言が対処に用いられる。支配するナクシャトラはアシュヴィニー、マガー、ムーラの三つである。
高揚と減衰の位置については見解が分かれる。『ブリハット・パラーシャラ・ホーラー・シャーストラ』は蠍座で高揚し牡牛座で減衰するとするが、近代以降の占星家の多くは射手座で高揚し双子座で減衰するとみる。占星術書の内部でも解釈が一定していない例である。
系譜と関係
ラーフとは、一体の分断とみる説と親子とみる説の両方が伝わる。いずれにせよ二者は常に対で扱われ、天球上で180度隔たる。約18.6年の周期は、実際の月の交点の回帰周期と一致する。ブリハスパティとシャニを友好的な星とし、シュクラには中立、ブダ・チャンドラ・マンガラとは相性が悪いとされる。乙女座をブダとともに支配する。
文化的足跡
漢訳仏典を介して東アジアにも伝わり、日本では計都星として九曜に数えられた。実体をもたない交点が神格として扱われ、暦と儀礼の体系に組み込まれていった過程は、インド天文学と占星術の関係を示す好例である。ラーフとケートゥを日食・月食の原因とする説明は、天体の運行を正確に計算できるようになった後も、儀礼と説話の側では長く保たれた。