ラーフ
スヴァルバーヌ · 羅睺 · 羅睺星
日食と月食を起こすとされる九曜の一。不死の霊薬を盗み飲んで首を斬られたアスラの頭部であり、告げ口した太陽と月を呑んでは吐き出す。
解説
概要
ラーフ(Rāhu / राहु)はナヴァグラハ(九曜)の一つで、名は「捕らえる者」を意味する。天文学的には、太陽の通り道と月の通り道が交わる二点のうち北側、すなわち月の昇交点にあたる。実体をもたないため「影の惑星」と呼ばれるが、占星術における影響力の強さゆえに古代の見者たちは惑星の位に置いた。もう一方の交点であるケートゥと常に対をなし、天球上でつねに180度隔たる。漢訳では羅睺。
神話・物語
説話は乳海攪拌の場面から始まる。神々とアスラがアムリタ(不死の霊薬)をめぐって争い、ヴィシュヌは女性の姿モーヒニーとなって神々にこれを配った。ところがアスラの一人スヴァルバーヌが神々の列に紛れ込み、アムリタを口にする。スーリヤとチャンドラがこれを見咎めて告げたが、そのときすでに彼は不死となっていた。ヴィシュヌは円盤スダルシャナ・チャクラを投じて首を刎ねる。死ぬことはできず、しかし頭と胴は分かたれた。頭はラーフ、胴はケートゥと呼ばれるようになったという。
以後ラーフは、自分を告げ口した太陽と月を追い、これを呑み込もうとする。だが胴のない頭であるため、呑まれた日月はまもなく喉から出てしまう。この繰り返しが日食と月食(グラハナ)であり、彼の果たされぬ復讐の反復として説明される。
系譜と分割については異伝がある。日本語圏で流布する記述では、ラーフはヴィプラチッティとシンヒカーの子とされ、その息子たちが32の彗星ケートゥであって、空に現れるのは凶兆であるとする。頭と胴に分かたれた一体の存在とみるか、親子とみるかで、ラーフとケートゥの関係は変わる。いずれの伝えも、分断以前の名をスヴァルバーヌとする点では一致している。
アスラ王ジャーランダラの使者としてシヴァのもとへ送られた話も伝わる。パールヴァティーを差し出すよう迫るその口上に怒ったシヴァが、眉間から獅子に似た怪物キールティムカを現じて彼を襲わせた。ラーフは命乞いをして前言を撤回し、シヴァに帰依を誓ったため放たれたという。ハヌマーンの幼少譚にも顔を出す。太陽を果実と思って飛びかかった赤子ハヌマーンは、折しも日食を起こしに来たラーフをも果実と見て捕らえようとした。逃げたラーフがインドラの宮廷へ訴え出たことが、ハヌマーンが顎を打たれる一連の騒動の発端となる。
図像と象徴
四本の腕と一本の尾をもつアスラとして描かれる。ラーフの図像で一貫しているのは、首から上だけの姿である。E・A・ロドリゲス『ザ・コンプリート・ヒンドゥー・パンテオン』(1842年)の版画は、獅子に牽かれた車に半身を乗せた姿を伝える。南インドの寺院では九曜を一区画にまとめて安置するため、ラーフ像も単独ではなく他の八体との配置関係のなかで意味をもつ。
一日のうちラーフの支配下にあるとされる時間帯はラーフ・カーラと呼ばれ、事を起こすには不吉とされる。ジョーティシャでは、欺瞞・迷妄・執着・毒といった主題に結びつけられ、凶星に数えられる。他方で配置によっては、科学と技術、周縁の文化、機知や工芸を示すとも解される。支配するナクシャトラはアールドラー、スヴァーティー、シャタビシャーの三つである。
系譜と関係
ケートゥとは、一体の分断とみる説と親子とみる説の両方が伝わる。いずれにせよ二者は常に対で扱われ、天球上で180度隔たり、出生図でも正反対の位置を占める。約18年の周期をもつこの往復は、実際の月の交点の18.6年周期、そして日食の予測に用いられるサロス周期とほぼ一致する。太陽と月を宿敵とし、水瓶座をシャニとともに支配するとされる。『マハーバーラタ』では、ラーフがクラタという王として地上に生まれ変わったと語られる。
文化的足跡
仏教にも受け入れられた。パーリ語経典『相応部』のチャンディマ経とスリヤ経では、ラーフが月天と日天を襲うが、両者が仏陀への帰依を短い偈で唱えると、仏陀に諭されて解放する。頭が七つに裂けることを恐れて従ったという。この偈は今日も守護の経文として唱えられている。漢訳仏典を介して東アジアにも伝わり、日本では羅睺星として九曜の一に数えられた。日食や月食を天体を呑む存在の仕業とする発想は南アジアに限らず、北欧のスコルとハティ、東南アジアのバタラ・カーラなど各地に並行例がある。ただし、これらは互いに系統関係をもつものではなく、同じ天文現象に対する説明の型が独立に生じたものとみるのが妥当である。