ブリハスパティ
ブラフマナスパティ · ヴリハスパティ · アーンギラサ
祈祷の力を神格化したヴェーダの神。のちに神々の師(グル)とされ、木星を司る神として九曜に組み込まれた。木曜日の名はこの神に由来する。
解説
概要
ブリハスパティ(Bṛhaspati / बृहस्पति)は、祈祷の力を神格化したヴェーダの神である。『リグ・ヴェーダ』ではブラフマナスパティ(祈祷の主)とも呼ばれ、聖歌を司る神として現れる。後代には神々(デーヴァ)の師(グル)と位置づけられ、さらに木星を支配する神としてナヴァグラハに組み込まれた。ヒンドゥー暦の木曜日ブリハスパティヴァーラは、この名に由来する。
神話・物語
『ヴェーダ』における位置は一定しない。最初の大いなる光から生まれた聖仙とされ、闇を追い払う明るく清らかな者として歌われ、その弓の弦は宇宙の理法リタであるという。しかしインドラと同一視される箇所も、アグニと同一視される箇所も、独立の神格として現れる箇所もある。ハンス=ペーター・シュミットは、パニ族が牛を隠したヴァラの洞窟をインドラが破つ説話において、ブリハスパティは通常インドラの別名であり、独立した「仲間」として言及される場合も実質的には区別しがたいと論じた。聖歌や正しい言葉を武器とするときのインドラの形容が、のちに独立した神格を得たものとみる立場である。一方で10.72では、鍛冶が金属を打つように無から世界を作り出した創造神とされており、単一の像に収まらない。
ヴェーダ期以降、創造神の座がブラフマーへ移ると重要性は下がり、聖仙の名・神々の師・木星の支配者という三つの相に落ち着いた。『マハーバーラタ』第1巻のヤヤーティ説話では、神々とアスラの戦いで神々側の指導者を務める。だがアスラ側には死者を蘇らせる秘法を握るシュクラがおり、戦況は不利であった。そこでブリハスパティの長男カチャがシュクラのもとへ弟子入りし、その術を学び取ったと語られる。ドローナの父バラドヴァージャも、彼から生まれたとされる。
妻ターラー(星の神格化)が月神チャンドラに奪われ、その間にブダ(水星の神)が生まれたという説話も広く知られる。神々の師の妻をめぐる争いが、そのまま天体の関係を説明する物語として機能している。
図像と象徴
像は金色の身体に青い縞の入った脚をもち、頭の後ろに月と星の光輪を負う姿で表される。持物は地域によって異なり、南アジアの一部ではソーマを容れた壺を執って飼い慣らされた虎を伴い、他の地域では杖・蓮華・数珠を持つ。大英博物館が所蔵するコナーラク出土の13世紀の像は、九曜の一体として彫られた作例である。南インドの寺院では九曜を一区画にまとめて安置するため、ブリハスパティ像も単独ではなく、他の八体との配置関係のなかで意味をもつ。
系譜と関係
父は聖仙アンギラスとされ、その子であることからアーンギラサとも呼ばれる。妻はターラー、長男はカチャ。アスラ側の師シュクラとは、力の釣り合った対として繰り返し語られる。ヴェーダにおいてアグニやインドラとの境界があいまいなまま推移した点は、この神を扱ううえで踏まえておく必要がある。祈祷という行為そのものが神格化されたという成り立ちが、輪郭の定まりにくさの背景にある。
文化的足跡
中世インドの天文学書——アーリヤバタ『アーリヤバティーヤ』(5世紀)、ヴァラーハミヒラ『パンチャ・シッダーンティカー』(6世紀)、ブラフマグプタ『カンダカーディヤカ』(7世紀)など——は、ブリハスパティを惑星の一つとして扱い、その運行を数値で記した。写本ごとに公転数や遠日点の値が食い違うのは、これらの書が長く改訂を重ねられたことを示している。占星術では吉星とされ、南インドのタンジャーヴール県には専用の寺院が営まれた。
彼の名を冠した文献も複数ある。法典『ブリハスパティ・スムリティ』は『マヌ法典』より大部かつ詳細な司法論を含んでいたとされ、原本は失われたが他書の引用から約2400詩節が復元されている。他方、唯物論と無神論を説く『ブリハスパティ・スートラ』はチャールヴァーカ学派の基礎とされる。後者については、権威を借りるために神の名を冠したとみる説と、ヴェーダの神々を否定する内容ゆえにその想定を退ける説とが分かれており、決着していない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。