メネラーオス
メネラオス · メネラウス · Menelaos
スパルタ王でヘレネーの夫。妻を奪われたことがトロイア戦争の発端となり、戦後は八年をかけて帰国した。
解説
概要
メネラーオス(Μενέλαος / Menelāos)は、スパルタ王でヘレネーの夫、ミュケーナイ王アガメムノーンの弟である。妻をヘレネーごと奪われたことがトロイア戦争の発端となり、ギリシア連合軍の副将として戦った。
英雄としての彼は、兄アガメムノーンほどの権勢もオデュッセウスほどの知略も持たない。『イーリアス』が繰り返し彼に与えるのは「軍神の寵児」という定型句だが、実際の場面では味方に助けられ、決闘は神の介入で中断され、最後は妻を殺せずに連れ帰る。強くも賢くもない主人公が最終的に望みを回復するという点で、叙事詩の英雄像のなかでは特異な位置にある。
神話・物語
ヘレネーの求婚者が各地から集まったとき、彼女の父テュンダレオースは誰を選んでも他の恨みを買うことを恐れた。オデュッセウスの献策により、選ばれた者が困難に陥れば全員で助けるという誓いが立てられ、そのうえで彼が夫に選ばれてスパルタの王位を継ぐ。この誓いが、のちにギリシア全土を戦争へ引き出す仕掛けになった。
トロイアの王子パリスが妻を連れて去ると、彼は兄に訴え、誓いを盾に諸将が召集される。『イーリアス』第3巻では、戦争の原因である二人が一騎討ちで決着をつけることになった。彼は明らかに優勢で、兜の緒を掴んで引きずり倒すところまで追い込むが、アプロディーテーが緒を切り、パリスを霧に包んで運び去ってしまう。判定は彼の勝ちとされたが、直後に休戦は破られ、戦争は続いた。
木馬に潜んだ一人として市内に入った彼は、パリスの死後にヘレネーの夫となっていたデーイポボスを館で討つ。続けて妻も殺そうとしたが、果たせずに連れ帰った。剣を落とす場面は古代美術が繰り返し描いた主題である。
帰路は長い。神々への供物を怠ったために嵐でエジプトへ流され、八年を要して帰国する。『オデュッセイア』第4巻でスパルタを訪れたテーレマコスに彼が語るのは、パロス島で海神プローテウスを組み伏せて聞き出した話である。ゼウスの婿である彼は死なず、ヘレネーとともにエーリュシオンで暮らすと予言された。
図像と象徴
古代美術における彼の場面は二つに集中する。パリスとの決闘と、剣を手にヘレネーに迫りながら討てずにいる姿である。後者では、彼女が衣をはだけ、彼の手から剣が落ちる構図が定型となった。勝者でありながら剣を取り落とす英雄という図像は、他の将には見られない。
本ページの主画像は、ヴァチカン美術館が所蔵するローマ期の大理石胸像である。パトロクロスの遺体を支える群像——いわゆるパスクィーノ群像——の頭部の型を引くもので、悲嘆の表情を残す。
系譜と関係
父はミュケーナイ王アトレウス、母はアエロペー。兄はアガメムノーン。妻ヘレネーとの娘ヘルミオネー。アトレウス家の一員として、タンタロスとペロプスに始まる呪われた血筋に属する。
文化的足跡
スパルタのテラプネには「メネライオン」と呼ばれる聖域があり、前7世紀以降、彼とヘレネーが夫婦の神格として祀られていた。発掘によって奉納品と碑文が確認されており、叙事詩の英雄が実際の祭祀を持っていた例にあたる。
なお、ヘレネーの祭祀のほうが古い層に属するとみる説が有力で、その場合、彼は女神の配偶者として後から加えられたことになる。