メルポメネー
メルポメネ · メルポメーネー · Melpomene
悲劇を司るムーサ。名は「歌う女」を意味し、もとは歌一般の女神であった。セイレーンの母とする伝えもある。
解説
概要
メルポメネー(Μελπομένη / Melpomenē)は、悲劇を司るムーサである。名は「歌い舞って讃える」を意味する動詞メルポーに由来し、本来は歌一般の女神であったとみられる。ディオドーロスは、聴く者の魂を魅する旋律(メローディアー)に由来すると説く。悲劇という限定された分野を担うようになるのは、九柱に分野を割り当てる後代の整理による。
神話・物語
アポロドーロス(1.3.4)やヒュギーヌス『神話集』141は、河神アケローオスとの間にセイレーンたちを生んだとする。リュコプローン『アレクサンドラ』は、セイレーンたちが母の調べを真似て歌ったと詠む。一方、ロドスのアポローニオスは同じ系譜をテルプシコラーに帰しており、母がどちらかは定まらない。いずれにせよ、歌で人を惑わす怪物がムーサから生まれるという構成は共通する。パウサニアース(9.34.3)は、セイレーンたちがムーサと歌を競って敗れ、羽を毟られて冠にされたと伝える。合わせて読めば、母娘が争う筋にもなる。
悲劇の女神としての彼女が語られるのは、神話のなかではなく、上演と受容の場面である。ホラーティウスは『歌章』第3巻第30歌で、自らの詩を青銅より長く残る記念碑と誇ったうえで、デルポイの月桂冠を戴かせてくれるよう彼女に求める。小ピロストラトス『画像』13は、悲劇詩人ソポクレースが彼女から贈り物を受け、蜜蜂がその頭上を舞う絵を描写している。
図像と象徴
持物は悲劇の仮面と、悲劇役者が履いた厚底の靴コトゥルヌスである。ヘーラクレースの棍棒や剣、蔦の冠を伴うこともある。
本ページの主画像は、ハドリアーヌス帝期(後117〜138年)の大理石像で、ティヴォリのカッシウス邸から出土しヴァチカン美術館が所蔵する。コトゥルヌスを履き、ヘーラクレースの仮面と笏を手にした姿である。仮面が特定の役の顔として彫られている点は、実際の上演を踏まえた造形であることを思わせる。チュニジアのスース出土のウェルギリウスのモザイクでは、クレイオーと並んで詩人の右に立ち、悲劇の仮面を手にしている。
近世の寓意画の手引きであるチェーザレ・リーパ『イコノロギア』の系統では、短剣と杯を持ち、足元に王冠と笏を置いた姿として説明される。
系譜と関係
父ゼウス、母ムネーモシュネー。九柱の一。アケローオスとの子セイレーンたち(異伝あり)。
文化的足跡
ジョシュア・レノルズ《悲劇の女神としてのシドンズ夫人》(1784年、ハンティントン・ライブラリー)は、当代の悲劇女優サラ・シドンズを彼女の姿で描いた肖像で、ムーサの図像を実在の人物に重ねる手法の代表例である。悲劇の仮面を持つ彼女と喜劇の仮面を持つタレイアの対は、演劇の記号として定着した。小惑星(18)メルポメネもこの名を負う。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。