クレイオー
クリオ · クレイオ · Kleio
歴史を司るムーサ。名は英雄の名声を指すクレオスと同根で「讃える者」を意味する。扱うのは過去の記録ではなく顕彰であり、忘れられるはずの名を詩によって後世に残す働きを表す。
解説
概要
クレイオー(Κλειώ / Kleiō)は、歴史を司るムーサである。名は「名高くする」「讃える」を意味する動詞クレオーに由来し、英雄の名声を指すクレオスと同根である。前1世紀のディオドーロス(『歴史叢書』4.7)は、詩人の讃歌が讃えられる者に大きな名声(クレオス)をもたらすことからこの名がついたと説明している。
歴史の女神といっても、扱うのは記録ではなく顕彰である。ギリシアにおいて過去を語ることは、忘れられるはずの名を残すことであった。母ムネーモシュネーが記憶の女神であることも、この役割と符合する。
神話・物語
固有の逸話は少ない。アポロドーロス(1.3.3)によれば、アプロディーテーがアドーニスに恋したのを彼女が咎めたため、女神は報復として、マグネースの子ピーエロスへの恋を彼女に吹き込んだ。この結びつきから美少年ヒュアキントスが生まれる。ヒュアキントスはのちにアポローンに愛され、円盤に当たって死んで花となる。神を咎めた報いが恋として与えられ、その子がまた神に愛されて死ぬという連鎖になっている。
ヒュアキントスの母を彼女とするのはこの伝えで、別の系譜ではスパルタ王アミュクラースの子とされる。前5世紀の抒情詩人リキュムニオスは、婚礼の神ヒュメナイオスを彼女の子とする説を伝えている。
祭祀との結びつきを伝える断片もある。シモーニデースは、デルポイのアポローン神殿の南に湧くムーサの泉で、清めの水を司る者として「黄金の」クレイオーを呼んでいる。歴史の女神という性格がはっきりするのはローマの叙事詩においてで、スタティウス『テーバイス』第10巻は、あらゆる時代と過去の年代記を手元に保つ者として彼女に語り出しを求める。
図像と象徴
持物は巻物と、巻物を収める書物箱である。ムーサのなかで最も明確に「書かれたもの」と結びつく。
チュニジアのスース(古代ハドルメートゥム)で出土した床モザイク(チュニス、バルドー国立博物館)は、『アエネーイス』の冒頭を記した巻物を膝に置くウェルギリウスを中央に据え、その左に巻物を読むクレイオー、右に悲劇の仮面を持つメルポメネーを配する。遅くとも3世紀の作で、ウェルギリウスの肖像として現存最古とされる。
後世の擬人像では持物が増える。チェーザレ・リーパ『イコノロギア』(1593年初版)は、月桂冠を戴き、ラッパと書物を持つ姿を定めた。フェルメール《絵画芸術》(1666〜68年頃、ウィーン美術史美術館)のモデルが月桂冠とラッパと書物を手にしているのは、この記述に拠ったクレイオーと解されることが多い(ファーマや絵画の擬人像とみる説もある)。
本ページの主画像は、後2世紀前半のローマの《ムーサの石棺》(ルーヴル美術館 Ma475)に彫られた彼女である。
系譜と関係
父ゼウス、母ムネーモシュネー。九柱の一で、ヘーシオドス『神統記』の列挙では筆頭に置かれる。ピーエロスとの子ヒュアキントス(異伝あり)。ヒュメナイオスを子とする説もある。
文化的足跡
ヘーロドトス『歴史』は後代に九巻に分けられ、各巻にムーサの名が冠された。第一巻がクレイオーである。近代には歴史の代名詞として用いられ、計量的な手法による経済史を指すクリオメトリクス(cliometrics)のように、学術用語にも名が入っている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。