キアン
キァン · キャン · スカル・バルヴ
ディアン・ケヒトの子でルーの父。トゥレンの三子に殺され、その償いとしてルーが課した探索が「トゥレンの子らの運命」の発端となった。
解説
概要
キアン(アイルランド語 Cian)は、アイルランド神話の人物である。医神ディアン・ケヒトの子で、ルーの父として知られる。添え名はスカル・バルヴ。
兄弟にク、ケヘン、ミアハがいる。トゥレンの三子に殺され、その償いとしてルーが世界中の宝を求める探索を課したことで、「トゥレンの子らの運命」の発端となった。
名は「久しき者」を意味する。キアン(cían)は「長い」「久しい」「遠い」を表す語である。添え名スカル・バルヴは「もの言わぬ勇士」を意味し、バルヴは口がきけないことを指す。
神話・物語
『マグ・トゥレドの戦い』において、キアンとエスニウの結婚は、トゥアハ・デ・ダナーンとフォモール族の同盟に伴う政略婚である。エスニウはこの婚姻によってルーを産んだ。『アイルランド来寇の書』では、キアンは幼いルーをフィル・ボルグの女王タルティウに養育を託す。
死とその報復を語るのが『トゥレンの子らの運命』である。完全な形で残るのは16世紀の後期写本のみだが、粗筋は『アイルランド来寇の書』の中世の編纂にも伝わる。
キアンはトゥレンの三子ブリアン、ユハル、ユハルバに殺された。豚——古い伝承では小型の愛玩犬——の姿に変じて逃れようとしたが果たせなかったのである。
ルーは償いとして、一連の到底果たしがたい探索を課した。三子はすべてを成し遂げたが、最後の課題で致命傷を負う。トゥレンの嘆願にもかかわらず、ルーは彼らが持ち帰った品の一つ——あらゆる傷を癒すトゥイスの豚皮——を使わせなかった。三子は傷がもとで死に、トゥレンもその亡骸の上で嘆きのあまり息絶えた。
婚姻については、中世にはより詳しい話があったのかもしれないが、口承の民話としてしか残っていない。乳の絶えぬ魔法の牝牛グラス・ゲヴネンをめぐる話である。この民話では、バロールに牛を奪われたキアンが、妖精ビーローグの助けを借りてトリー島の塔に忍び込み、幽閉されていたエスニウと交わる。
図像と象徴
固有の図像は伝わらず、本サイトも主画像を掲げない。
物語における位置は、父と子のあいだにある。医神ディアン・ケヒトの子でありながら医術には関わらず、ルーの父でありながらその活躍を見ることなく死ぬ。行為として記録されているのは、婚姻を結ぶことと、豚に変じて逃げようとして失敗することだけである。
それでもこの人物が重要なのは、その死が物語を起動するからである。「トゥレンの子らの運命」はアイルランドの「三つの悲しみの物語」の一つに数えられ、そこで語られるのは償いという制度がどこまで人を追い込みうるかという主題である。殺された者は最初に退場し、以後の物語は償いを課す側と果たす側のあいだで進む。
系譜と関係
父はディアン・ケヒト。兄弟はク、ケヘン、ミアハ。妻はエスニウ、子はルー。
『トゥレンの子らの運命』の後期版では、キアン、ク、ケヘンの三人は「カーンテの三子」と呼ばれる。ユージン・オカリーは、このカーンテが何者であるかは定かでないと注記した。
『アイルランド来寇の書』の挿入された一節は、キアンをエスレンド(エスレン)の名でも呼ぶ。この読みに従えば、しばしば母称と解される「エスレンの子ルー」は父称ということになる。『バリェ・イン・スカール』の「ティゲルンマスの子エスリウの子ルー」という句も、この線に沿う。ルーの親の名をめぐる混乱については、エスニウの項も参照。
文化的足跡
日本語圏では、ルーの父として名が挙げられる程度である。しかし当DBのケルト記事のうち八本がこの人物に言及しており、アイルランド神話の系譜において結節点をなしている。
グラス・ゲヴネンの民話は、アイルランド、スコットランド、マン島に広く分布する。乳の尽きない牛が奪われ、取り返される——牧畜社会の関心がそのまま物語の骨格になっている。神話の英雄譚と、村で語られる牛の話が、この人物のところで接している。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。