ヌアザ
ヌアダ · ヌアドゥ · ヌアザ・アルゲトラウ
トゥアハ・デ・ダナーンの初代の王。片腕を失って王位を退き、銀の腕を得て復位したのち、バロールに討たれた。
解説
概要
ヌアザ(Nuada)は、アイルランド神話におけるトゥアハ・デ・ダナーンの初代の王である。アルゲトラウ(「銀の腕」)の添え名で知られる。ネフタン、ヌアズ・ネフトとも呼ばれ、ボアンの夫エルクマルと同一視されることもある。
戦で腕を失って王位を退き、魔法によって癒されて復位するという筋書きで最もよく知られる。神であったと考えられており、ブリタンニアとガリアの神ノドンスと同源にあたる。ウェールズにおける対応はニーズ、あるいはスィッズ・スァウ・エライントである。
神話・物語
トゥアハ・デ・ダナーンがアイルランドに渡る前から、彼は王であった。先住のフィル・ボルグと接触した彼は島の半分を求めたが、彼らの王はこれを拒む。双方は戦の支度をし、公正を期すために互いの兵数と武装を検分させ合った。
第一次マグ・トゥレドの戦いで、ヌアザはフィル・ボルグの勇者スレングとの戦いで腕を失う。ノルウェーのアンガバが代わってスレングと戦い、致命傷を負った。ダグザが王を庇い、五十人の兵が戦場から運び出した。戦況はトゥアハ・デに傾いたが、のちにスレングは一騎討ちを申し入れる。ヌアザは片腕を縛ることを条件に受けると答え、スレングは拒んだ。すでに勝敗は決していた。トゥアハ・デはフィル・ボルグに、戦前に申し出た半分ではなく四分の一を与え、彼らはコナハトを選んだ。
腕を失った以上、彼は王でありえなかった。王は身体が完全でなければならないというトゥアハ・デの掟による。代わって立てられたのが、フォモール族の血を引く美貌の王子ブレスである。その治世は圧政であった。やがて医神ディアン・ケヒトと工匠クレーニュが銀の腕を作って与え、のちにディアン・ケヒトの子ミアハが生身の腕に替える。ブレスは七年で退けられ、ヌアザが復位した。以後二十年を統べる。
ブレスはバロールの助力を得て王位を奪い返そうと図り、戦と圧政が続いた。若く力に満ちたルーが宮廷に加わったとき、王はこの多芸の若者こそフォモール族に立ち向かう者だと見て取り、自ら位を譲る。第二次マグ・トゥレドの戦いで、ヌアザはバロールに討たれ首を落とされた。ルーがバロールを討ってこれに報い、トゥアハ・デを勝利に導く。
彼の大剣はトゥアハ・デ・ダナーンの四つの秘宝の一つで、四つの大いなる都市の一つからもたらされた。鞘から抜かれれば逃れうる者はないという。
図像と象徴
古代の図像として確実なものはない。主画像に掲げるのは、アーマーの聖パトリック大聖堂(アイルランド国教会)に置かれた石像「タンドラギー・マン」である。片腕をもう一方の手で支える姿が、腕を失った王の伝えと結びつけられ、この王を表すとする説が古くから唱えられてきた。ただし同定は推測にとどまり、鉄器時代の像とみる説と中世のものとみる説が並び立つ。
伝承が与える標識は、銀の腕と、抜けば逃れられぬ剣である。身体の欠損が王の資格を奪い、義肢がそれを回復し、しかしなお生身の腕に替えられて初めて完全になるという段階の踏み方は、王の身体と国土の状態を結ぶアイルランドの王権観をよく示している。
系譜と関係
中世の文献は、兄弟としてディアン・ケヒトとゴヴニュを挙げる。子にエサドン、孫にガイブレ。『アイルランド来寇の書』はカイヘルという子とウィレンドという孫を与える。ネフタン、そしてボアンの夫エルクマルと同一の存在とみる説がある。
ノドンスとの同源関係は、ケルト祖語 *Nowdont- に遡る名の対応として広く認められている。ただしノドンスが癒しと海と狩に結びつくのに対し、ヌアザは王と剣の神格であり、内容の対応は薄い。名の系統と神格の内容は別の事柄である。同じくマールスと重ねられ、片手を失った北欧のテュールとの比較も古くからなされてきた。
文化的足跡
キルデア州の町メイヌース(アイルランド語でマグ・ヌアド、「ヌアザの平原」)はこの名を負う。フィン・マックールの母方の祖父もヌアザの名を持ち、後代の上王にも同名の者が複数いる。『イニシュファレン年代記』のパトリキウス以前の項には、アイルランドのすべての家系がヌアザの血を引くと記す断片的な記述が残る。物語のなかの王が、系譜資料においては全島の祖に据えられているわけである。