エスニウ
エスリウ · エフネ · エスリン
フォモール族の首長バロールの娘であり、ルーの母。塔に幽閉され、予言どおり祖父を討つ子を産む。名の形が資料ごとに揺れる、伝承研究の難しさを示す例でもある。
解説
概要
エスニウ(古アイルランド語 Ethniu、現代アイルランド語エフネ Eithne)は、アイルランド神話に現れる女性である。フォモール族の首長バロールの娘であり、ルーの母にあたる。エスリウ(Ethliu)とも呼ばれる。
この人物の名は、アイルランド神話を研究することの難しさを示す好例である。
名をめぐる混乱
最も古い形はおそらくエスリウまたはエスニウで、そこから現代アイルランド語の女性名エフネが生じた。ところがアイルランド語の変化、長らく綴りが標準化されなかったこと、そして英語化の試みが重なって、多くの異形が生じている。
さらに厄介なのが格変化である。エスニウの属格はエスネン(現代エフネン)、エスリウの属格はエスレン/エスリン(現代エフリン)で、「エスリウの子」を意味する mac Ethlenn のように用いられる。この属格がしばしば主格と取り違えられ、あるいは誤った主格が推定されてきた。エスネア、エスリウ、エスレンド、エスネン、エフネ、アイフネ、エンヤ、アイネ、エトニーなど、伝わる異形は数え切れない。
さらに、『エーディンの求婚』ではエフネの別名はボアンだとされ、『バンシェンハス』(女たちの由来譚)ではエスニウの「真の名」はフェダだとされる。
神話・物語
ルーの父キアンとの結びつきは、古い文献では単純な政略婚として現れる。マグ・トゥレドの戦いや『侵略の書』が伝えるのは、トゥアハ・デ・ダナーンとフォモール族の同盟に伴う婚姻である。
これに対して、後代の民話ははるかに込み入った話を伝える。1835年にジョン・オドノヴァンが記録した民話によれば、バロールは孫に殺されるというドルイドの予言を恐れ、エスニウをトリー島の塔に幽閉して男と会わせないようにした。乳の絶えぬ牝牛を奪われたマク・キンヴェーリー(キアンにあたる)は、妖精ビーローグの助けを借りて塔に入り込み、彼女と交わる。
エスニウは三つ子を産む。バロールはこれを布に包み、使いに渡して渦潮で溺れさせるよう命じた。使いは二人を溺れさせたが、一人をうっかり入江に落としてしまい、ビーローグがこれを救い上げる。子は父のもとへ返され、父は鍛冶の兄弟ガヴィダに養育を託した。成長したその子がバロールを討つ。
塔に閉じ込められた娘、予言を避けようとして招き寄せる祖父、救われる嬰児——ギリシアのペルセウス誕生譚と同じ型である。
図像と象徴
古い図像はない。本サイトが掲げるのは、ハロルド・ロバート・ミラー(1869〜1942)がチャールズ・スクワイア『ケルトの神話と伝説』に寄せた挿絵で、キアンとバロールの娘を描いたものである。
この人物に固有の持物や姿の描写は伝わらない。属性として語られるのは血縁だけである——バロールの娘であり、ルーの母である。物語における役割も、産むことに尽きる。
系譜と関係
父はバロール、夫はキアン、子はルー。ただし系譜は一本化されていない。伝承によっては、デルバイスの娘であり、ダグザとオグマの母であり、ヌアザの妻とされる。オェングス誕生譚の異伝では、ダグザに誘惑されるエルクマルの妻として現れ、この役をボアンと分け合う——本文中で明示的に「ボアンの分身」と呼ばれている。
男性名として現れる例もある。『バリェ・イン・スカール』(幻影の恍惚)では、ルーは「ティゲルンマスの子エスリウ」の子、あるいは「スメルサの子スメルサの子ティゲルンマスの子エスニウ」の子とされる。ジェームズ・ボンウィックはこのティゲルンマスをバロールと同定した。R・A・S・マカリスターは、バロールの妻とされるケフレンの名が、ルーをしばしば「エスレンの子ルー」と呼ぶことから生じた異形(Mac Ethlenn → Mac Cethlenn)ではないかと示唆する。
文化的足跡
エフネという名は、アイルランドで最も長く使われ続けてきた女性名の一つである。歌手エンヤ(Enya)の名も、エフネの英語化の一形態にあたる。
神話の人物としては、ほとんど何もしない。それでもこの名が残ったのは、ルーの母という位置のためである。「エスレンの子ルー」という呼び方が繰り返し用いられた結果、母の名が息子を識別する語として定着した。名だけが残り、その名の形さえ揺れている——アイルランド神話の資料状況を、この人物ほど端的に示す例は少ない。