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キュベレー
PLATE — ΚΥΒΈΛΗ
HELLAS · ギリシア神話
ΚΥΒΈΛΗ

キュベレー

キュベレ · マグナ・マーテル · 大いなる母

《坐すキュベレー像(頭部は女神官の肖像)》ローマ時代・大理石/J・ポール・ゲティ美術館蔵 57.AA.19 NO RESTRICTIONS(GETTY OPEN CONTENT)

アナトリアに起源をもつ母神。ギリシアでは「神々の母」、ローマではマグナ・マーテルと呼ばれた。城壁冠をいただき獅子を従えて坐す姿で表される。

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解説

概要

キュベレー(Κυβέλη / Cybele)は、アナトリア半島のプリュギア(フリギア)に起源をもつ母神。ギリシアでは「神々の母」(メーテール・テオーン)と呼ばれ、ローマにはマグナ・マーテル(大いなる母)の名で迎えられた。城壁をかたどった冠をいただき、獅子を従えて玉座に坐す姿で表される。山と獣を領分とし、去勢した神官ガッリを従え、若い神アッティスの死と再生をめぐる祭儀を伴った。

この女神は、ギリシアの神がローマで別名を得たという通常の型に当てはまらない。ローマが受け入れたのは、ペッシヌースから船で運ばれてきた実物の聖石であり、翻訳ではなく輸入であった。ギリシアもローマも、外から来た同じ女神を迎えている。

神話・物語

プリュギアの碑文は、この女神を「マタル・クバイレヤ(Matar Kubileya)」と記す。クバイレヤを「山の」を意味する形容詞と読み、全体を「山の母」と解する説が有力である。より古いヒッタイト系の女神クババに遡らせる説もあるが、二つの名の関係は定まっていない。いずれにせよこの女神は、神殿ではなく岩を削った山中のファサードにおいて拝まれていた。

ギリシアには前6世紀までに伝わり、ピンダロスやエウリーピデースが祭儀に言及する。アテナイでは市の中心にメトローオン(母神の神殿)が建てられ、そこに国家の文書庫が置かれた。ギリシア人はこの女神をクロノスの妻レアーと同一視し、またディオニューソスの祭儀との近さを指摘している。

ローマが迎え入れたのは、第二次ポエニ戦争の最中である。前205年、シビュラの書を参照した元老院は、ペッシヌースの大いなる母を招けば外敵を退けられるという託宣を得た。翌前204年、女神を体現する黒い隕石が船でオスティアに着き、「ローマで最も善き男」に選ばれたスキーピオー・ナーシーカが出迎えて、貴婦人たちがパラティヌスの丘へ運び上げた。前191年に神殿が完成する。この航海には、不貞を疑われたクラウディア・クインタが動かなくなった船を独力で曳いて潔白を証したという伝説が結びついた。

女神の物語の中心にあるのはアッティスである。パウサニアスがペッシヌースで聞いた話では、両性具有の存在アグディスティスが神々に恐れられて去勢され、切り落とされた部分から生えたアーモンドの実によってアッティスが生まれた。成長したアッティスに恋したアグディスティス(すなわちキュベレー)は、彼が王女と婚礼を挙げようとしたその場に現れて正気を奪う。アッティスは自ら去勢して死に、女神は悔いてその体を朽ちないものへ変えた。常緑の松が彼に献じられる。

図像と象徴

図像はきわめて安定している。玉座に坐し、片手に太鼓(テュンパノン)を持ち、傍らに獅子を従える。頭にいただくのは城壁冠で、都市を守り抱える神であることを示す。獅子は玉座の脇に控えることも、女神の戦車を牽くこともある。プリュギアでは長衣に円筒形の帽子をかぶった立像が岩壁に刻まれたが、玉座に坐す定型を与えたのは前5世紀アテナイのメトローオンの神像だとされ、その作者はペイディアースとも弟子のアゴラクリトスとも伝えられて定まらない。

本項に掲げるのはローマ期の大理石坐像で、キュベレーの姿に女神の女神官自身の肖像頭部を組み合わせたものである。信者が女神の姿を借りて自らを表すという、帝政期の私的信仰のありようをよく示している。

象徴として読むべきは、山と獣である。山は都市の外側にあり、獅子は飼い慣らされない力を表す。その二つを従える神が、同時に城壁の冠をかぶって都市を守る。外側の力を内側の秩序へ結び直すという構図が、この造形に畳み込まれている。

系譜と関係

ギリシア神話の系譜には、本来この女神の場所がない。外来の神であるためで、ギリシア人はこれをレアーと重ねることで系譜のなかに位置づけた。以後、キュベレーはクロノスの妻、ゼウスの母として語られることもある。ただしこれは受容の結果であって、プリュギアの伝承がそう語っていたわけではない。

アッティスとの関係は、伝によって息子とも愛人とも、その双方ともされる。アグディスティスをキュベレーと同一とみるか別の存在とみるかによって、系譜の読み方も変わる。

ローマにおけるマグナ・マーテルは、キュベレーの別の名であって別の神格ではない。ギリシアの神とローマの神を別々に立てるのが本サイトの原則だが、この女神については、ローマが受け入れたのがアナトリア由来の祭祀そのものであったため、一つの記事として扱っている。

文化的足跡

ローマでは4月にメガレンシア祭が催され、帝政期には3月にアッティスの死と復活をなぞる一連の祭儀が営まれた。犠牲儀礼としてはタウロボリウムが知られる。祭祀に仕えたガッリは去勢して女性の衣装をまとった神官で、ローマは女神を国家の神として受け入れながら、市民がガッリとなることは長く禁じた。カトゥルスの詩篇63番は、去勢ののちに我に返ったアッティスの慟哭を描き、この祭儀がローマ人に与えた戦慄を伝えている。

信仰はマウレタニアやガリアにまで広がり、キリスト教公認ののちも4世紀まで存続した。近代以降、キュベレーは「大地母神」の代表として引かれることが多いが、原初の普遍的な母神信仰があったとする19世紀以来の枠組みは、今日では実証を欠くものとして慎重に扱われている。

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領分・別名

INTERPRETATIO — 同一視・同源
レアー ギリシア神話 同一視
小アジアの母神キュベレーとの習合。ギリシア人は外来のこの女神をクロノスの妻レアーと同一視し、自らの系譜に組み入れた。プリュギアの伝承がそう語っていたわけではなく、受容の結果として成立した同一視である。

親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承点線=異伝・別系統

ΚΥΒΈΛΗ
キュベレー
ギリシア神話
ἌΤΤΙΣ
アッティス
配偶者
収載データなし
ΚΥΒΈΛΗ
キュベレー
ギリシア神話
収載データなし
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資料

Wikidata
Q188236 — 骨格データの出典
Commons
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