ディードー
ディド · エリッサ · Dido
カルタゴの伝説上の建国者にして最初の女王。兄の暴政を逃れ牛の皮一枚で囲んだ土地に都市を建てた。『アエネーイス』でアエネーアースと恋に落ち、捨てられて自死し、カルタゴとローマの永遠の敵対を呪った。
解説
概要
ディードー(Dido、エリッサとも)は、ギリシア・ローマ神話において、フェニキアの都市国家カルタゴの伝説上の建国者にして最初の女王である。
多くの伝えでは、もとテュロスの共同統治者で、暴政から逃れて北西アフリカ——現在のチュニジア——に自らの都市を建てた。ギリシア・ローマの資料からのみ知られ、いずれもカルタゴ建国よりはるかに後に書かれたため、その実在性は不確かである。
神話・物語
テュロスの王女エリッサ(ディードー)は、兄ピュグマリオーンが財産を狙って夫シュカイオスを殺したため、財宝を携えて逃れた。アフリカの岸にたどり着くと、土地の王に、牛の皮一枚で囲めるだけの土地を求めた。そして牛の皮を細く切って広い土地を囲み、そこにカルタゴを築いた。ビュルサ(「牛の皮」)の丘の名は、これに由来するとされる。
ディードーの人柄や生涯、そしてカルタゴの建国での役割を最も詳しく伝えるのは、ウェルギリウスの『アエネーイス』(紀元前19年ごろ)である。詩のなかで、ディードーは暴君の兄から逃れてカルタゴを築いた、賢く進取の気性に富んだ女性として描かれる。都市はその治世のもとで栄えたが、そこへアエネーアースがたどり着き、ユーノーとウェヌスの計らいによって、二人は恋に落ちる。洞窟で結ばれた二人であったが、ユーピテルはメルクリウスを遣わして、アエネーアースにイタリアへ向かうよう命じた。アエネーアースが去っていくとき、ディードーは積み上げた薪の上で自ら剣に身を投げ、死に際に、カルタゴとローマとが永遠に敵となるよう呪った。のちにアエネーアースは冥界でディードーの霊に出会うが、彼女は一言も語らず、背を向けて去っていった。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、ポンペイのローマ期壁画である。アエネーアースとディードーを描くとされる。
捨てられて自死する女王という位置が、この人物を規定する。しかしウェルギリウスの描写は、ディードーを単なる犠牲者としない。建国者としての有能さ、恋の激しさ、そして死に際しての呪い——三つの相が一人の女に集約されている。

ディードーの呪いは、ポエニ戦争の神話的な起源として機能する。カルタゴとローマの歴史上の敵対が、建国者と女王の悲恋に遡らされている。
関わる神格・伝承
兄はピュグマリオーン(キュプロスの彫刻家とは別人)、夫はシュカイオス、妹はアンナ。アエネーアースに捨てられた。
文化的足跡
パーセル『ダイドーとエネアス』(1689年)、ベルリオーズ『トロイアの人々』(1858年)など、ディードーは歌劇の主題として繰り返し扱われた。「ディードーの嘆き」はバロック音楽の最も名高いアリアの一つである。
初期ルネサンスから21世紀に至るまで、西洋の文化・文学・美術において持続的な存在であり続けている。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。