グラ
グーラ · Gula · ニンニブル
メソポタミアの医薬の女神。「偉大なる者」を名とし、神なる医師また産婆として描かれた。犬を伴う姿で表され、前2千年紀後半にはイシュタルに次ぐ女神とされた。
解説
概要
グラ(𒀭𒄖𒆷)は、メソポタミアの医薬の女神である。名はシュメール語で「偉大なる者」と解される。もとは他の神に付す形容辞にすぎず、それが独立した女神へ育ったとする見方が有力である。前2千年紀の後半から地位を上げ、第一千年紀にはイシュタルに次ぐ女神とみなされるにいたった。
祭祀の起源はウンマに置くのが通説で、ウル第三王朝期の文書は彼女を「ウンマのグラ」と呼ぶ。のちニップルが主たる祭祀地となり、ウルク、バビロン、ウル、ラガシュへ、さらにハンムラビの征服後はラルサ、シッパル、イシンへ広がった。アッシリアでは中バビロニア期以降に現れ、アッシュル、カルフ、タベトゥに神殿をもつ。
彼女はしばしば「偉大なる女医」と讃えられ、薬草のほか、剃刀、メス、各種の刃といった当時の医師の道具を備える姿で語られた。他の医薬の女神と同じく、病を癒すだけでなく罰として病を下す力も認められている。ただし呪詛の文言で名指しされることは、ニンカラクほど多くない。
神話・物語
グラを主人公とする独立した神話は伝わらない。彼女の性格を最もよく示すのは、呪文と讃歌である。ウル第三王朝期の難産の呪文は、へその緒を切る役を彼女に帰し、生まれた子に良き運命を定める者として呼びかける。この働きの延長として彼女は幼児の病を癒す神とされ、乳児を襲う女悪魔ラマシュトゥの敵手に位置づけられた。バルバラ・ベックは、子を殺す悪魔と神なる産婆という対比から、両者を互いの裏返しと評している。
ブッルトゥサ・ラビが編んだ『グラ讃歌』は、彼女と多くの女神との同一視を列挙した作品で、メソポタミアの医術を学ぶ者が修業のうちに書き写したとみられる。この讃歌のなかで彼女は「われは冥界より死者を引き上げる」と語り、癒しの神が境を越えて冥界に触れる一面を見せる。
図像と象徴
彼女の徴は犬である。医薬の女神と犬の結び付きは早くウル三世期に確認され、古バビロニア期には犬をかたどった奉納像が捧げられるようになった。呪文は「われらはただの犬にあらず、グラの犬なり」と唱えてラマシュトゥを退ける。バビロンのエサバド神殿を犬が横切れば、それは女神が遣わした使いとみなされたと新アッシリアの文書は伝える。子犬に囲まれた姿を語る文書もあり、遺跡から出た犬の埋納もこれを裏づける。
図像上の扱いも特異である。クドゥルでは、ほとんどの神が標章という抽象の形で示されるのに対し、彼女は玉座に座る人の姿で表された。同じ扱いを受ける女神はナナヤとラマだけであり、しかも作例の数はグラが最も多い。新アッシリアの円筒印章でも、彼女は最も頻繁に現れる女神である。スーサで出土しルーヴルに収まるナジ・マルッタシュの奉献碑は、犬を傍らに玉座へ就く彼女を刻んだ代表的な作例にあたる。月の第19日は彼女の日とされた。
系譜と関係
最も古い資料で彼女に配偶神はなく、古バビロニア期まで独身の女神として扱われた。カッシート期に入るとニヌルタの妻とされる。ニップルの「その地の貴婦人」を意味するニンニブルはもともとニヌルタの妻とされた別の女神だったが、のちグラの一形態として吸収された。アン=アヌム神名表は夫をパビルサグとし、バビロンではマンダーヌがその役を担う。
ダムとグヌラは、もとイシンの女神ニンイシンナの子であったが、のちグラの子とされた。スックル(従神)はウルマシュムで、名に犬を含む語根があることから、犬の姿の存在と想像された可能性が指摘されている。ニンイシンナ、ニンカラク、ニンティヌッガ、バウ、メメといった医薬の女神たちとは習合が進んだが、メメを除いていずれも独立した崇拝を完全には失っていない。ニンスンとの同一視も古バビロニア期から確認される。
文化的足跡
アダドおよびシャラと並んで供物を受けた記録がアケメネス朝期のシッパルまで残り、彼女の祭祀は長く続いた。アナトリアではルウィ人が魔術の女神カムルシェパを彼女に対応させ、呪文の一部はメソポタミアのものの直訳であった。犬を従える治癒の女神という像は、医薬・治癒の神を文化横断で見るとき、ギリシアのアスクレーピオスに先立つ古い例として参照される。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。