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薬師如来
PLATE — भैषज्यगुरु
DHARMA · 仏教の尊格
भैषज्यगुरु

薬師如来

やくしにょらい · 薬師瑠璃光如来 · 大医王

福島・磐梯町 慧日寺の薬師如来坐像/CC BY-SA 4.0 CC BY-SA 4.0

東方浄瑠璃世界の教主で、菩薩のとき十二の大願を発し衆生の病苦を救うと誓った如来。薬壺を持ち、日光・月光菩薩を脇侍、十二神将を眷属とする。西方の阿弥陀と対をなす現世利益の仏。

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解説

概要

薬師如来(サンスクリット語 Bhaiṣajyaguru バイシャジヤグル)、あるいは薬師瑠璃光如来は、大乗仏教における信仰対象である如来の一尊。大医王、医王善逝とも称する。

三昧耶形は薬壺、または丸薬の入った鉢。種字はバイ(bhai)。

経典と誓願

薬師如来が説かれている代表的な経典は、玄奘訳『薬師瑠璃光如来本願功徳経』(薬師経、650年)と、義浄訳『薬師瑠璃光七仏本願功徳経』(七仏薬師経、707年)である。

薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土)の教主で、菩薩のときに十二の大願を発し、この世における衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、衣食などを満足せしめ、かつ仏行を行じては無上菩提の妙果を証らしめんと誓い仏となったと説かれる。瑠璃光をもって衆生の病苦を救うとされる。

十二大願のうち第七願「除病安楽」——病に苦しむ者を癒す——が最も知られ、現世利益の仏として広く信仰された。

日本における信仰

日本には7世紀に伝わり、天武天皇が皇后の病気平癒を祈って薬師寺を建立した(680年)。以後、病気平癒・国家安泰の仏として、奈良時代から平安時代にかけて盛んに造像された。

平安時代には七仏薬師法が国家的な修法として営まれ、天台密教において重視された。

日光菩薩月光菩薩を脇侍とし、十二神将を眷属とする。

図像と象徴

本サイトが掲げるのは、福島・慧日寺の薬師如来坐像である。

左手に薬壺を持ち、右手は施無畏印を結ぶ姿が定型である。ただし奈良時代以前の像は薬壺を持たず、印相のみで表される。薬壺は平安時代以降に一般化した持物である。

東方の仏であることが、この如来を規定する。西方の阿弥陀如来が死後の往生を司るのに対し、東方の薬師如来は現世の病を癒す。東と西、現世と来世という対が、二つの如来に配されている。

奈良・薬師寺の薬師三尊像(8世紀初頭)、京都・神護寺の薬師如来立像(8世紀末)、奈良・新薬師寺の坐像が代表作として知られる。

関わる神格・伝承

脇侍は日光・月光菩薩。眷属は十二神将。東方浄瑠璃世界の教主として、西方の阿弥陀如来と対をなす。

阿閦如来も東方の仏であり、両者を同一視する説もある。

文化的足跡

薬師如来は、日本の仏教美術において阿弥陀・釈迦と並んで最も多く造像された如来である。「お薬師さん」として、今日も病気平癒を祈る人々の信仰を集める。

なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q854773 — 骨格データの出典