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シーシュポス
PLATE — ΣΊΣΥΦΟΣ
HELLAS · ギリシア神話
ΣΊΣΥΦΟΣ

シーシュポス

シシュポス · シシュフォス · シジフォス

Carole Raddato CC BY-SA 2.0

ギリシア神話のコリントス(エピュラー)の建設者。人間で最も狡知に長けた者とされ、二度も死を欺いた罰に、冥界で巨岩を押し上げ続ける。

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解説

概要

シーシュポス(Σίσυφος / Sisyphos)は、エピュラー——のちのコリントス——を建てた王である。ホメーロス以来「人間のうちで最も狡知に長けた者」と呼ばれ、二度にわたって死を欺いた。その罰として、タルタロスで巨岩を山頂へ押し上げ続ける。あと少しで頂に届くところで岩は転がり落ち、それが永遠に繰り返される。

罰の内容が刑期でも責め苦でもなく「意味のない反復」であることは、ギリシアの冥界罰のなかでも際立っている。この一点が、二千年後に彼を哲学の主題へ押し上げた。

神話・物語

ゼウスが河神アーソーポスの娘アイギーナを攫ったとき、シーシュポスはその行方を父親に教えた。見返りに求めたのは、コリントスの城山に涸れない泉を湧かせることである。こうして生じたペイレーネーの泉は、のちにペーガソスが捕らえられた場所として知られる。神の秘密を水と引き換えに売ったのが、彼の最初の罪であった。

怒ったゼウスは彼をタナトスに引き渡す。ところがシーシュポスは、持参された枷の使い方を教えてほしいと頼み、実演してみせた死神をそのまま縛り上げてしまった。死が動けなくなったので、地上では誰も死ななくなる。首を刎ねられても八つ裂きにされても死ねない。最も困ったのは戦の神アレースで、彼がタナトスを解き放ち、シーシュポスを引き渡した。

だが彼は、妻メロペーに自分の葬礼を行うなと言い含めてあった。冥界に着いた彼はペルセポネーに、葬られぬまま放置されていると訴え、妻を叱るための三日間の帰還を願い出て許される。地上に戻った彼は、そのまま居座った。最後はヘルメースが力ずくで連れ戻したという。死を欺いた回数がそのまま罰の重さになっている。

兄弟サルモーネウスとの確執も伝わる。父アイオロスの死後に王位を継いだ兄弟を憎み、デルポイの神託に従って姪テューローと交わった。生まれる子が復讐を果たすというお告げだったからである。それに気づいたテューローは、自らの手で二人の子を殺した。

もう一つ名高いのがアウトリュコスとの知恵比べである。家畜を繰り返し盗まれた彼は、蹄の裏に文字を刻んでおいて盗みを立証した。その口論のさなかにアウトリュコスの娘アンティクレイアと交わり、生まれたのがオデュッセウスだとする異伝がある。ソポクレース『ピロクテーテース』もエウリピデス『キュクロープス』も、オデュッセウスをシーシュポスの子として呼ぶ場面を持つ。ホメーロスは一貫してラーエルテースを父とするので、これは英雄の血筋を貶めるために悲劇が用いた別系統の伝承である。

図像と象徴

持物は岩である。ほかに標識を持たない。古代美術で彼が現れるのは、ほぼ例外なく冥界の罰の場面に限られる。

本ページの主画像は前6世紀後半のアッティカ黒絵式アンフォラ(ミュンヘン国立古代美術博物館 1494)で、岩を斜面へ押し上げる彼をハーデースとペルセポネーが左右から見ている。同じ壺には他の罪人たちも描かれ、冥界の刑罰を一つの画面に並べる図像の早い例となっている。

パウサニアースによれば、デルポイのレスケーにポリュグノートスが描いた大壁画《ネキュイア》にも彼の姿があった。ローマ期の石棺浮彫では、タンタロスイクシーオーンと並べて刻まれる。近世に入るとティツィアーノ《シシュフォス》(1548〜49年、プラド美術館)のように、岩の重量を担ぐ裸体として描く方向へ進んだ。罰の対象が「無意味さ」から「重さ」へ移っている。

系譜と関係

父はテッサリア王アイオロス、母はエナレテー。兄弟にサルモーネウス、アタマース、クレーテウスらがいる。妻はプレイアデスの一人メロペーで、子にグラウコス(海神グラウコスとは別人)、オルニュティオーン、テルサンドロス、ハルモス。孫のベレロポーンはグラウコスの子であり、ペイレーネーの泉でペーガソスを得るという形で、祖父の逸話と結びつく。

彼はイストミア大祭の創始者としても語られる。イーノーとメリケルテースの死を悼んで始めたとも、ニュンペーたちの指示によるとも伝えられる。

文化的足跡

「シーシュポスの労苦(Sisyphean)」は、終わりのない徒労を指す語として西欧諸語に定着した。

解釈は古代から一様でない。ルクレーティウスは、当選を求めて敗れ続ける政治家の姿をこの罰に重ねた。近代にはフリードリヒ・ヴェルカーが知識を追う人間の徒労と読み、太陽の日ごとの上り下りや波の反復の擬人化とみる自然神話学的な説明も現れた。

決定的だったのはアルベール・カミュの評論『シーシュポスの神話』(1942年)である。カミュはこの罰を人生の不条理そのものと見たうえで、転げ落ちた岩を追って山を下りるあいだにこそ彼の意識があるとし、「シーシュポスは幸福であると想像しなければならない」と結んだ。罰の無意味さを反転させたこの読みが、彼を近代の主題に変えた。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q102561 — 骨格データの出典
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Sisyphus — 図像カテゴリ