イクシーオーン
イクシオン · イクシーオン · Ixion
ギリシア神話のラピテース族の王。同族殺しの穢れを浄めたゼウスを裏切り、燃える車輪に縛られて永遠に回り続ける。
解説
概要
イクシーオーン(Ἰξίων / Ixiōn)は、テッサリアのラピテース族の王である。血縁の者を殺した最初の人間とされ、その穢れをゼウス自身に浄めてもらいながら、恩人の妻ヘーラーを奪おうとした。罰として、燃える車輪に縛りつけられ、永遠に回り続ける。
彼の物語は、ギリシアにおける二つの主題——同族殺しの穢れと、迎え入れた客の義務——が正面から扱われる稀な例である。
神話・物語
デーイオネウスの娘ディーアを娶ったイクシーオーンは、約束した豪華な結納を惜しんだ。舅を宴に招く道に落とし穴を掘り、底に炭火を仕込んでおいて焼き殺したのである。血縁を手にかけた最初の者とされるこの行為に、どの王も浄めを与えようとしなかった。ただゼウスだけが彼を憐れみ、穢れを祓ったうえ、オリュンポスの食卓に招いた。
そこで彼はヘーラーに言い寄る。ゼウスが妻を裏切り続けているのだから、恨みを晴らす機会があれば応じるだろう、と考えたのだという。ゼウスはこれを察し、雲でヘーラーの似姿を作った。酔ったイクシーオーンは雲を抱いて思いを遂げ、そこへ現れたゼウスがヘルメースに命じて彼を鞭打たせる。タルタロスへ送られた彼は、燃える車輪に縛られ、空中を絶え間なく回転し続ける。
雲はネペレーと呼ばれるようになり、彼の子を生んだ。これがケンタウロスであり、テッサリアの牝馬と交わって半人半馬の一族の祖になったという。ラピテースとケンタウロスの宿命的な争いは、この一点で血縁のあいだの争いになる。
ピンダロス『ピュティア祝勝歌』第2歌は、この物語を恩を仇で返す者への戒めとして語り、車輪に縛られた彼が「恩人には報いよ」と告げて回るのだと書く。刑罰そのものが教訓を告知する装置になっている。
図像と象徴
標識は車輪である。しばしば有翼の車輪として描かれ、四肢を大の字に縛りつけられた姿をとる。
本ページの主画像は、ポンペイのウェッティウス家の壁画(後1世紀)で、火の神ウゥルカーヌス(ギリシアのヘーパイストス)が車輪に彼を縛りつけ、玉座のユーノー(ヘーラー)がそれを見つめ、雲の女ネペレーが地に坐す場面を描く。伝令神が立ち会い、罪から罰までが一枚の画面に収められている。
カンパニアやアプリアの赤絵式壺にも、車輪に縛られる場面が残る。ローマ期の石棺浮彫では、タンタロスやシーシュポスと並べて刻まれた。近世以降はリベーラやランゲッティらが、回転する裸体の劇的な短縮法を試す主題としてこれを取り上げている。
系譜と関係
父はラピテース王プレギュアース。アレース、アンティオーン、レオンテウスを父とする異説もある。アスクレーピオスの母コローニスは姉妹にあたるとされる。
妻ディーアとの子がペイリトオスで、テーセウスの盟友としてラピテースとケンタウロスの婚宴の乱闘に立つ。ただしペイリトオスの実父をゼウスとする伝えもあり、その場合は父の罪と子の血筋が切り離される。
雲ネペレーとの子はケンタウロス。ネペレーはのちにアタマースの妻となり、プリクソスとヘレーを生んだともいわれる。プリクソスは金羊毛をコルキスへもたらす人物である。
文化的足跡
「イクシーオーンの車輪」は、終わりのない責め苦の比喩として西欧の文学に定着した。太陽系外縁天体(28978)イクシオンの名も彼にちなむ。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。