ベレロポーン
ベレロポン · ベレロポンテース · ベレロフォン
ギリシア神話のコリントスの英雄。天馬ペーガソスに乗ってキマイラを退治した。のちに天へ昇ろうとして墜ち、人を避けて生涯を終えたと伝えられる。
解説
概要
ベレロポーン(Βελλεροφῶν / Bellerophōn。ベレロポンテースとも)は、コリントスの英雄である。天馬ペーガソスにまたがって怪物キマイラを討った者として名高く、ヘーラクレース以前のギリシアではペルセウス・カドモスと並ぶ最大の怪物退治者に数えられた。コリントスとリュキアでは神として祀られている。
初めの名はヒッポノオス(馬の心を知る者)であり、ベレロポンテースは「ベレロス殺し」の意だとされる。ただし『イーリアス』にこの由来は現れない。ベレロスなる人物も他に知られておらず、名の説明とプロイトスのもとへ赴く動機を後から作り出した創作ではないかとする見方がある。
神話・物語
殺人の穢れを負った彼は、ティーリュンス王プロイトスに清められた。ところが王妃——ホメーロスはアンテイア、悲劇はステネボイアと呼ぶ——が彼に恋し、拒まれると事実を逆にして讒言する。客を自ら殺すことを避けた王は、リュキア王イオバテースに宛てた手紙を当人に持たせて送り出した。中身は使者を殺せという指示である。『イーリアス』第6巻がこれを「禍いのしるし」と呼ぶ箇所は、ホメーロスの二大叙事詩において文字が現れるほとんど唯一の場面として知られる。
イオバテースは自ら手を下さず、キマイラ退治を命じた。獅子の頭、山羊の胴、蛇の尾を持ち火を吐くこの怪物を、彼はペーガソスにまたがって上空から討つ。ペーガソスの入手には二伝あり、コリントスのペイレーネーの泉で水を飲むところを捕らえたとも、アテーナーが黄金の轡とともに授けたともいう。
続いてイオバテースはソリュモイ人との戦い、さらにアマゾーンとの戦いを課した。いずれも果たして戻る彼を、王はリュキアの勇士に待ち伏せさせたが、彼は一人残らず討ち取った。ここに至って王は彼が神の血を引くと悟り、娘ピロノエーを与えて王権の半分を譲る。
復讐譚も伝わる。エウリピデスの散逸悲劇『ステネボイア』では、彼はペーガソスに乗ってティーリュンスへ飛び、心を許したように装って王妃を馬に乗せ、カーリアへ向かう途中で海へ突き落とした。
最期は伝承ごとに違う。エウリピデスのもう一つの散逸悲劇『ベレロポンテース』では、彼は神々が本当にいるのかを確かめようとペーガソスを駆って天を目指し、振り落とされてアレイオンの野に落ちた。ゼウスの雷に撃たれたとも、虻に刺されたペーガソスが投げ落としたともいう。足を引きずり、人を避けて余生を送った。
ただしホメーロスは、神々に憎まれた彼がアレイオンの野をさまよったと記すだけで、理由も墜落も語らない。天へ昇ろうとした驕りという解釈は、後代の悲劇が与えた筋書きである。怪物退治の英雄が神への挑戦で罰せられるという構図は、ここではじめて完成した。
図像と象徴
標識はペーガソスである。槍を構えて騎乗し、下方のキマイラを狙う構図が古典期から反復された。コリントスの銀貨は表にペーガソスを打刻しており、この英雄の物語が都市の自己表象そのものになっていたことがわかる。
本ページの主画像は、前300〜270年頃のロドスの小石モザイク(ロドス考古学博物館)である。黒白の礫を敷き詰めた初期のモザイク技法で、円の中に馬と騎手と怪物を収める。
ローマ期には床モザイクの定番となり、ブリタンニアのラリングストーン別荘の作例のように属州の隅々にまで及んだ。怪物を討つ場面は魔除けとして敷居や玄関に置かれ、キリスト教化ののちには聖ゲオルギオスの竜退治に読み替えられていく。
系譜と関係
父はコリントス王グラウコス——シーシュポスの子であり、海神グラウコスとは別人である。ただし真の父はポセイドーンだともいう。母はメガラ王ニーソスの娘エウリュメデー(エウリュノメーとも)。
妻ピロノエーとの子はイーサンドロス、ヒッポロコス、ラーオダメイア。ヒッポロコスの子グラウコスは『イーリアス』でトロイア方に立ち、ディオメーデースと客人の縁を確かめ合って武具を交換する。ラーオダメイアはゼウスとの間にサルペードーンを生んだ。ヒュプノスとタナトスが遺体を運ぶ、あのサルペードーンである。
文化的足跡
持参者自身の破滅を命じる文書を指す「ベレロポーンの手紙」の語は、この挿話に由来する。
小惑星(1808)ベレロフォンのほか、1995年に発見された最初の系外惑星ペガスス座51番星bには、恒星に極端に近い軌道を回ることからベレロフォンの通称が与えられた。天へ近づきすぎた者の名が、そのまま天体の名として使われている。