タンタロス
タンタロス · Tantalos · Tantalus
ギリシア神話のリューディア王。神々の食卓に招かれながらその信頼を裏切り、タルタロスで永遠の飢えと渇きに苛まれる。
解説
概要
タンタロス(Τάνταλος / Tantalos)は、小アジアのシピュロス山一帯を治めたとされる王である。人間でありながらゼウスの親しい友であり、オリュンポスの饗宴に席を与えられ、神々の食物アムブロシアーを口にすることを許されていた。その特権を裏切ったために、タルタロスで永遠の飢えと渇きに置かれる。
罰の形が特徴的である。水も果実も目の前にある。ただし手を伸ばした瞬間に遠ざかる。欠乏そのものではなく、「届きかけて届かない」という構造が刑になっている。
神話・物語
罪状は資料によって複数ある。神々の食卓からネクタルとアムブロシアーを盗んで地上の友人に配ったともいい、神々の秘密を漏らしたともいう。しかし最も語られるのは、息子ペロプスを殺して料理に供した一件である。
神々をシピュロスに招いた彼は、その全知を試すつもりで、我が子を切り刻んで煮た料理を出した。神々はみな正体に気づいて手を付けなかったが、デーメーテールだけは、娘ペルセポネーを奪われた直後で我を失っており、左肩の肉を口にしてしまった。のちにペロプスが釜から蘇生させられたとき、失われた肩は象牙で補われたという。ペロプスの子孫がアトレウス家——アガメムノーンとメネラーオスの一族であり、この家系を追う災いの始点として、タンタロスの名は繰り返し呼ばれる。
罰の内容も一様ではない。ホメーロス『オデュッセイア』第11巻は、沼に顎まで浸かりながら水が引いて飲めず、頭上の果樹に手を伸ばせば風が枝を吹き上げる姿を描く。一方、ピンダロスや南イタリアの壺絵が伝えるのは、頭上に巨岩が吊るされ、いつ落ちるとも知れない恐怖に晒され続けるという版である。飢渇の刑と懸崖の刑はもともと別系統であり、後代の記述はしばしば両者を重ねている。
図像と象徴
古代の作例は多くない。本ページの主画像は、前330〜320年頃のアプリア赤絵式ヴォリュート・クラーテール(ミュンヘン国立古代美術博物館 SH 3297、カノーサ出土、地獄の絵師)の細部で、東方風の袖と脚衣をまとい、両腕を頭上へ差し上げる姿を描く。衣装は彼がリューディアの王であることを示す標識であり、掲げた腕は落ちかかる岩を支える所作と解される。
この壺の冥界図には、シーシュポス、ヘルメース、ケルベロスを引くヘーラクレース、松明を持つヘカテーが同じ下段に並ぶ。冥界の罰を一覧にして見せる構成であり、罪人は互いの隣に配置された。デルポイのレスケーにあったポリュグノートスの《ネキュイア》にも彼が描かれていたと、パウサニアースは記す。
系譜と関係
父はゼウスとする説が有力だが、シピュロス近くのトモーロス山の神を父とする伝えもある。母はクロノスの娘プルートー。妻エウリュアナッサとの間にペロプスとニオベーをもうけた。妻の名には異説が多い。
タルタロスに落とされた人間として、シーシュポス、イクシーオーン、ダナイデスと並べられるのが通例である。四者に共通するのは神々との関係における侵犯——秘密の漏洩、客人としての裏切り、血縁の殺害——であり、罰はいずれも終わりを持たない。
文化的足跡
英語の動詞 tantalize(欲しいものを見せて焦らす)は彼の名に由来する。フランス語の supplice de Tantale も同じ意味で用いられる。
元素タンタル(Ta)の名も彼にちなむ。1802年にこの元素を見出したアンデルス・エーケベリは、酸の中に置いても酸を吸収しないという性質を、水に浸かりながら飲めない王になぞらえて命名した。