シェーシャ
アナンタ · アーディシェーシャ · シェーシャナーガ
ヒンドゥー神話の原初の蛇王。無数の頭で大地を支え、宇宙の海に浮かんでヴィシュヌの臥床となる。世界が滅びてもなお「残るもの」である。
解説
概要
シェーシャ(Śeṣa / शेष)は、ヒンドゥー神話に伝わる原初の蛇王である。名は「残るもの」を意味し、劫(カルパ)の終わりに世界が焼き尽くされてもなお在り続けることに由来する。無数の頭で大地を下から支え、宇宙の海に浮かんではヴィシュヌの臥床となる。無限を意味するアナンタ、最初のシェーシャを意味するアーディシェーシャとも呼ばれる。
神話・物語
出自は文献によって二系統に分かれる。『マハーバーラタ』アーディ・パルヴァは、聖仙カシュヤパと妃カドゥルーのあいだに生まれた千匹の蛇の長兄とする。弟たちの残虐な振る舞いを厭ったシェーシャは母のもとを去り、風だけを糧に各地で苦行を重ねた。肉も皮も乾き果てるほどの行に応じたブラフマーが望みを問うと、彼が求めたのは心を制する力だけであった。ブラフマーは代わりに、定まらぬ大地の下へ行きこれを安んじるよう頼む。蛇王は地底パーターラに降り、その鎌首で大地を支えて今に至るという。
これに対しプラーナ文献の多くは系譜を語らず、ヴィシュヌ自身から生じた原初の存在として扱う。『バーガヴァタ・プラーナ』は彼をサンカルシャナと呼び、ナーラーヤナのタマス的な力の顕れとみなす。劫の終わりにはその口から十一のルドラが現れて世界を焼くとされ、ヴィシュヌ派の四ヴューハ(根本の顕現形)の一つにもこの名が数えられる。
地上に降った姿としては、ラーマの弟ラクシュマナと、クリシュナの兄バララーマが挙げられる。『バガヴァッド・ギーター』第10章で、クリシュナが自らの遍在を説くなかで「ナーガのうち我はアナンタである」と述べるのは、この蛇王の位置を示す一句として繰り返し引かれてきた。
図像と象徴
定型は、とぐろを巻いた巨体が寝床となり、その上に横たわるヴィシュヌ(ナーラーヤナ)と、足元に侍るラクシュミーを配する構図である。頭数は作例によって五・七・十とさまざまで、文献では千頭とも百万頭とも語られる。頭上に幾重にも広がる鎌首は笠のように主神を覆い、一つひとつが宝冠や宝珠を戴くこともある。『ブラフマー・プラーナ』は、白く輝く体、青い衣、片耳だけの耳環、そして鋤に手を置く姿を挙げ、燃え立つカイラーサ山に喩える。
鎌首を笠として頂く構図は、この蛇王に限らず南アジアの図像における神格標示の定型の一つで、バララーマ像やジャイナ教の祖師像、仏教のムチャリンダ龍王像にも共通する。数え切れぬ頭を並べる表現そのものが、無限という属性を目に見える形に翻す工夫であった。
系譜と関係
『マハーバーラタ』の系譜では父をカシュヤパ、母をカドゥルーとし、ヴァースキやタクシャカが弟にあたる。カドゥルーの姉妹ヴィナターの子であるガルダとは異母兄弟の関係になる。ヴィシュヌの乗騎はガルダであるが、臥床としてのシェーシャもまたヴァーハナに数えられることがある。妃はナーガラクシュミーとされ、レーヴァティーやラクシュマナの妃ウールミラーはその化身と説かれる。
バララーマをシェーシャの化身とみるか、ヴィシュヌの化身とみるかは伝統によって割れており、両説を併記するのが原典の姿に近い(ダシャーヴァターラ)。
文化的足跡
ヴィシュヌ派の彫刻・絵画では、シェーシャの上に横たわるヴィシュヌ(シェーシャシャーイン)が繰り返し表された。ウッタル・プラデーシュのデーオガルに残るダシャーヴァターラ寺院の浮彫(6世紀)は、その早い作例として名高い。ケーララのアランムラ寺院が水上行事に用いる細長い舟パッリヨーダムは、蛇王の姿にかたどられたと伝えられる。東南アジアのナーガ信仰とも接点をもつが、系統の異なる蛇神信仰との習合の度合いは地域ごとに異なる。