ムチャリンダ
ムチリンダ · 目真隣陀 · Mucalinda
ブッダが成道後に菩提樹の下で瞑想したとき、嵐から七日間身体を七回巻きつけて守ったナーガの王。蛇の頭巾を背にする「ナーガに守られる仏陀」はクメール美術の中心的主題。
解説
概要
ムチャリンダ(巴 Mucalinda、梵 Mucilinda)は、仏教の仏伝に登場するナーガラージャ(蛇の王)である。悟りを開いたばかりのブッダを嵐から守ったと伝えられ、とぐろの上に座る仏を蛇の頭が覆う「ナーガに守られる仏陀」の図像の源となった。
神話・物語
パーリ語の律蔵『大品』と『ウダーナ』は、成道ののちブッダが七日ずつ場所を移して悟りの喜びを味わった次第を語る。そのうちの一つで、ブッダはムチャリンダの木の根もとに座った。すると季節外れの大雨が七日のあいだ降り続き、冷たい風が吹いた。この地に住むナーガの王ムチャリンダは住処から出て、自らの身体でブッダを七重に巻き、頭上に大きな頭巾を広げて、寒さや暑さ、虻や蚊、風や日差し、這う虫からブッダを守った。
七日が過ぎて空が晴れると、ムチャリンダはとぐろを解き、若者の姿に変わってブッダの前に合掌して立った。ブッダはこのとき、法を知って満ち足りた者の孤独の楽しさ、生き物を害さない慈しみの楽しさを詠む偈を説いたとされる。後代の仏伝では、成道後の第六週の出来事として数えられる。インドのブッダガヤには、この話にちなむムチャリンダの池がある。
図像と象徴
とぐろを巻いた蛇身を台座とし、その上に結跏趺坐するブッダの背後に、七つ(ときに五つや九つ)の蛇の頭が傘のように広がる。インドでは南インドのアマラーヴァティーの浮彫などに早い作例があるが、この図像が最も大きく展開したのは東南アジアである。
アンコール朝のクメール美術では、ナーガに守られる仏陀が仏像の中心的な型となった。12世紀末にジャヤヴァルマン7世が建てたバイヨン寺院の中央祠堂には、この型の巨大な仏坐像が本尊として祀られていた。像は後に破壊されて中央の井戸に投げ込まれ、1933年に掘り出されている。本サイトの主画像は、バイヨン様式の12世紀の砂岩の像(ホノルル美術館蔵)である。
関わる神格・伝承
ナーガラージャの一人で、仏法に帰依した蛇の王の代表例として語られる。誕生のブッダに竜王が水を注いだという伝えと並んで、蛇の王が仏を守り敬う場面として仏伝に置かれている。
文化的足跡
タイでは、曜日ごとに守り本尊となる仏の姿を定める習俗があり、ナーガに守られる仏陀は土曜日生まれの者の仏とされる。ラオス、カンボジア、ミャンマーの寺院でも広く祀られている。
なお仏教は今日も信仰されている生きた宗教であり、本項の記述はその尊格の伝承と図像に関する学術的な整理である。