タクシャカ
タクシャク · 徳叉迦 · 八大龍王の一
ナーガ族の王の一人で、呪いを果たしてパリークシット王を咬み殺した蛇。東アジアには八大龍王の一尊、徳叉迦として伝わっている。
解説
概要
タクシャカ(Takṣaka / तक्षक)は、ヒンドゥーと仏教に伝わるナーガ族の王(ナーガラージャ)である。『マハーバーラタ』と『バーガヴァタ・プラーナ』に登場し、呪いを果たしてパリークシット王を咬み殺したことで知られる。その報いとして王子ジャナメージャヤの蛇供祭を招き、蛇族を絶滅の淵まで追い込むことになった。東アジアには仏教を介して伝わり、八大龍王の一尊、徳叉迦として数えられる。
神話・物語
住処はクルクシェートラとカーンダヴァの森(現在のデリー周辺)であったとされ、イクシュマティー河のほとりにアシュヴァセーナとともに住んだ。インドラとは友であったと記される。
因縁の始まりは森の焼失である。アグニの求めに応じたアルジュナとクリシュナがカーンダヴァの森を焼いたとき、彼自身はクルクシェートラに出ていて難を逃れたが、妻——子アシュヴァセーナの母——はアルジュナに討たれた。母の仇を討つため、アシュヴァセーナはクルクシェートラの戦いでカルナとアルジュナが交える最中に襲いかかったと語られる。
そしてパリークシットの死である。聖仙の子シュリンギの呪いによって七日のうちに蛇に咬まれて死ぬと定められた王のもとへ、彼は姿を変えて近づき、ヴィシュヌを念じていたその身を咬んだ。あらかじめ、蛇毒を解く術に長けたカシュヤパ族の祭司を賄賂で引き返させ、救いの手が届かぬようにしたとも伝えられる。呪いの成就に周到な準備を重ねる姿は、単なる自然の脅威としての蛇ではない。
報復は激しかった。ジャナメージャヤはタクシャシラーへ兵を進めて蛇族を追い、続いて生けるすべての蛇を火に投じる蛇供祭を営む。彼はインドラのもとへ逃れて庇護を求めたが、王の者たちに捕らえられ、処刑されようとした。そこへ現れた少年の聖仙アースティーカが祭を止め、彼は解き放たれる。以後、蛇族とクル族は和したと語られる。
図像と象徴
インドにおける固有の像容は定まっておらず、鎌首をもたげたナーガの定型で表される。東アジアの仏教美術では、八大龍王の一尊として、頭上に蛇をいただく人物の姿で描かれる。象徴となるのは毒である。八大龍王のうち、飛ぶことができ、かつ最も毒が強いとされたことが、その位置づけを端的に示している。
系譜と関係
ナーガ族の王の一人で、シュルタセーナは弟にあたる。子にアシュヴァセーナがあり、『シュリーマド・バーガヴァタム』はさらに、ブリハドバラを子として挙げる。ブリハドバラはチャクラヴューハでアビマニユを囲んだ七将の一人であり、その子が父の仇の孫を討ち、その孫の子がまた蛇族を焼くという因果の環を成す。カーンダヴァの森の焼失によってアルジュナの一族との敵対が始まり、四代を経てようやく和解に至るという構図で読める。
文化的足跡
漢訳仏典を介して東アジアに伝わり、難陀(ナンダ)、跋難陀(ウパナンダ)、娑伽羅(サーガラ)、和修吉(ヴァースキ)、阿那婆達多(アナヴァタプタ)らとともに八大龍王に数えられた。日本でも法華経の会座に列なる龍王の一尊として知られる。インド起源の蛇王が、東アジアでは雨を司り仏法を守る龍として受け入れられた例である。
北インドには彼を祀る社が点在し、蛇咬みからの守護を願う信仰と結びついている。復讐の主体でありながら守護の対象でもあるという二面性は、南アジアのナーガ信仰全般に共通する性格でもある。