ディス・パテル
ディース・パテル · ディス · ディーテ
ローマの冥界と地下の富の神。名は「富める父」を意味し、のちギリシア由来のプルートーに吸収された。世紀祭では地下に埋めた祭壇で祀られた。
解説
概要
ディス・パテル(Dīs Pater、「富める父」)は、ローマ神話で冥界と地下の富を司る神である。ディスはラテン語の dīves(富める)の縮まった形で、キケロ『神々の本性について』はこれを、ギリシアの冥王の婉曲名プルートーン(「富める者」)のラテン語訳と説明した。鉱物も穀種も地下から来るという発想が、死者の国と富とを一柱の神に結びつけている。のちギリシア由来のプルートーの名に吸収され、両者は事実上ひとつの神として扱われるようになった。
神話・物語
固有の物語はほとんどない。代わりに、祭祀の由来譚が残っている。
サビニ人ウァレシウスの子らが夢のお告げを受け、カンプス・マルティウスの端の「タレントゥム」と呼ばれる場所を掘らせたところ、地下二十尺のところから円形の大理石の祭壇が現れた。ディス・パテルとプロセルピナの祭壇である。三日の競技ののち、祭壇はふたたび埋め戻された。以後、世紀祭のたびに掘り起こしては埋め直したと伝えられる。地下に隠す祭壇という形式そのものが、この神の性格を語っている。祭壇は1886年から翌年にかけて、ローマの街路の下から実際に発見された。
前249年と前207年には、この神とプロセルピナをなだめるための臨時の祭が元老院の決議で催されている。ポエニ戦争期の危機に呼び出される神であった。
将軍が自らと敵軍を冥界に捧げるデーウォーティオーの文句にも、この名が呼ばれる。祈りの言葉のなかで、ディス・パテルは大地の女神テルースと対をなしていた。
図像と象徴
確実にこの神を表すと分かる作例は、碑文を伴うものに限られる。ケルンのローマ・ゲルマン博物館が蔵する奉献碑(CIL XIII 8177)は、ディス・パテルとプロセルピナに捧げた銘を刻み、二柱の姿を並べて浮彫にする。ライン地方やバルカンでは、アエリクラという土地の女神がこの神の配偶とされた例も知られる。属州で名の合う神を当てはめてゆく過程が、碑文の側に痕跡を残している。
姿そのものは、プルートーの図像——髭をたくわえた厳めしい王、穀物枡、番犬——に吸収されて区別がつかない。ディス・パテルに固有の造形を探すことは、現状ではほとんどできない。図像を持たないまま名と祭壇だけが伝わる神は、ローマの古い層に少なくない。
系譜と関係
プルートーと同一の神として扱われるかぎりにおいて、サートゥルヌスとオプスの子、ユーピテル・ネプトゥーヌスの兄弟、プロセルピナの夫という位置を占める。ただしこれらはギリシアの系譜がインテルプレタティオ・ロマーナを通じて流れ込んだものであって、ディス・パテル本来のものではない。ディス・パテルという名が最高神の古形ディエスピテル(=ユーピテル)と響き合うことから、もとは天空神の地下の相であったとする説もある。サビニのソーラーヌスと同一視された例も伝わる。
カエサル『ガリア戦記』第6巻は、ガリア人がみな自分たちをディス・パテルの裔だと称すると記す。これは彼がガリアの神をローマの神名で呼び替えたものであって、その神が誰であったかは分かっていない。『パルサリア』の注釈はタラニスを当てるが、確証はない。名を訳したせいで、訳される前の神が見えなくなった例である。
文化的足跡
「ディス」の名は、冥界そのものを指す詩語として残った。ダンテ『神曲』地獄篇の「ディーテの市」は下層地獄をなす城壁都市であり、その名はこの神に由来する。冥界の王としての実質はプルートーに引き継がれたが、地名としての名だけが千年を越えて生き延びた形である。