アタエギナ
アタエキナ · アテギナ · アダエキナ
イベリア半島のルシタニア人・ケルティベリア人が祀った女神。冥界あるいは夜の女神と考えられ、碑文ではプロセルピナと同一視される。二十七例ほどの碑文が知られる。
解説
概要
アタエギナ(Ataegina、アタエキナ Ataecina とも)は、イベリア半島のイベリア人、ルシタニア人、ケルティベリア人が祀った女神である。碑文における名の形は一定せず、Ataegina、Ataecina、Adaecina、Adaegina など、2025年時点で二十七例ほどが確認されている。
冥界あるいは夜の女神、または春の女神と考える説がある。碑文には、しばしばトゥリブリガという地名を伴って現れる。
本サイトでは、ケルティベリアの文脈からケルトの体系に分類しているが、この女神が本来ケルト系であったかどうかは決着していない。
神話・物語
物語は伝わらない。この女神について知られているのは、碑文と、祭祀の場所と、語源をめぐる議論である。
祭祀はルシタニアとバエティカで行われた。ポルトガルのエルヴァス、スペインのメリダとカセレスに聖所があり、とりわけグアディアナ川の近くに集中する。ポルトガルのミルティリス(現メルトラ)やパクス・ユリア(現ベージャ)でも祀られた女神の一柱である。カセレスのマルパルティダから出た青銅板は、山羊が聖獣であった可能性を示唆する。
碑文の多くは、この女神をトゥロブリゲンシス(トゥリブリガの)という形容とともに記す。土地に固着した女神であったことになる。
図像と象徴
本サイトが掲げるのは、メリダのプロセルピナ貯水池から出土した大理石の奉献板である(後2世紀後半、メリダ国立ローマ美術館蔵)。碑文は DEA ATAECINA TVRI BRIG PROSERPINA と読める。
この一行が、この女神をめぐるすべてを要約している。土着の名(アタエキナ)と、土地の名(トゥリブリガ)と、ローマの女神の名(プロセルピナ)が、同じ石の上に並んでいる。碑文そのものがインテルプレタティオ・ロマーナの実例である。
語源については複数の説が争っている。最もよく引かれるのはケルト語からの説明で、ダルボワ・ド・ジュバンヴィルとジョゼ・レイテ・デ・ヴァスコンセロスは *ate-(再び)と *-genos(生まれる)の複合と解し、「再び生まれる者」を意味するとした。
これに対し、夜あるいは冥界の神格と結ぶ読みもある。ガブリエル・ソペーニャはアイルランド語 adaig(夜)との関係を示唆し、エウヘニオ・ルハンは Adaecina を本来の綴りと見て同じ語に結び、ケルト祖語 *adakī に遡らせた。ただしルハンは決定的な語源を提示することを控えている。ヴォルフガング・マイトは、古アイルランド語 adaig 自体がウェールズ語 adeg(時、時期、季節)からの借用である可能性を挙げ、この結びつけを疑う。パトリツィア・デ・ベルナルド・シュテンペルはケルト語源説を採り、*atakī(夜)から「夜の女神」「聖なる夜の時」と解した。
一方で、明確に非印欧語系のイベリア地域にも祭祀が及んでいることから、より古い土着の起源を想定する見方もある。この場合、語源はイベリア語、アキタニア語、あるいはタルテッソス語に求めるほうが妥当ということになる。ホセ・マリア・ブラスケス・マルティネスは土着起源説を支持し、「再び生まれる者」というケルト語解釈は成り立たず、アイルランド語の「夜」との結びつけも難しいと述べた。
関わる神格・伝承
碑文においてプロセルピナと同一視される。冥界の女神という性格が、この同定を支えている。
イベリア半島の在地の神格が、ローマの神名を得ながら固有の名も保ち続けたという点では、ガリアのスリスやネメトナと同じ現象に属する。ただしアタエギナの場合、その在地性がケルトなのか、それ以前の基層なのかが決まらない。
文化的足跡
日本語圏でこの女神が紹介されることはまずない。イベリア半島の前ローマ期の宗教そのものが、ほとんど知られていないためである。
しかし二十七例という碑文の数は、この女神が地域の主要な神格であったことを示している。物語を一つも残さず、語源すら定まらない神が、石の上には確実に名を残している。ヨーロッパの神々をめぐる資料の偏りを、この女神は端的に示す例である。