リーベル
リーベル・パテル · リベル · バックス
ローマの葡萄酒と男性の生殖力、そして自由を司る神。平民の守護神でアウェンティヌスの三神の一柱をなし、のちギリシア由来のバックスと重ねられた。
解説
概要
リーベル(Līber)、あるいはリーベル・パテル(「自由なる父」)は、ローマ神話で葡萄酒と男性の生殖力、そして自由を司る神である。名は「自由な」を意味するラテン語 līber そのもので、印欧祖語の *h₁leudʰero(「民に属する」)にさかのぼる。平民(プレープス)の守護神であり、ケレース・リーベラとともにアウェンティヌスの三神をなした。のちにギリシアのディオニューソスをローマ風にしたバックスと重ねられ、その神話を分け持つことになる。
神話・物語
固有の神話は伝わらない。この神を語るのは祭祀と政治である。
リウィウス『ローマ建国以来の歴史』によれば、前496年、独裁官アウルス・ポストゥミウスが三神への神殿と競技を誓願し、前493年に奉献された。平民が離反も辞さぬ構えを見せていた時期にあたる。神殿は元老院決議と平民の記録を納める場となり、カピトーリーヌスの三神の「写しであり対極」と評されてきた。リーベルのために催された初期の劇(ルーディー・スカエニキー)は、権力を風刺する演劇の型をローマに定着させたとされる。自由に語る権利とこの神の名とが、早くから結びついていた。
その性格が問題になったのが前186年である。バッカナーリアをめぐる摘発と弾圧のなかで、リーベルの祭リーベラーリアは一時ケレアリアへ吸収された。神が否定されたのではなく、統制の下に置き直されたのである。
図像と象徴
リーベル固有の造形を取り出すのは難しい。共和政期以降、ローマ美術はこの神をバックスの姿——蔦の冠、テュルソス、葡萄、豹——で描いた。ポンペイの「百年祭の家」の家庭祭壇に描かれた壁画は、全身を葡萄の房で覆われた酒神とウェスウィウス山を並べたもので、葡萄酒の神とイタリアの土地とを一枚のうちに結んでいる。神殿の様式についてはウィトルーウィウスが、ドーリス式の厳しさとコリントス式の柔らかさの中間としてイオーニア式を勧めており、この神に女性的な相が認められていたことがうかがえる。
古い層の図像はもっと直接的であった。ラウィーニウムでは男根そのものが神の像であり、アウグスティヌスによれば、それを小車に載せて村の辻の祠を巡り、最後に広場で貴婦人が花冠を掛けたという。畑にかかる呪いを祓い、種の育ちを保証する所作であった。ただしこれは異教を難ずる教父の筆を通してしか伝わらない記述であり、非難のための誇張を差し引いて読む必要がある。
系譜と関係
キケロは、リーベルとリーベラをケレースの子としたうえで、リーベルとディオニューソスは同じではないと明言している。同一視が進んだ時代にあっても、両者を区別する感覚は残っていた。名の上でこの神の女性形にあたるリーベラは、前205年にプロセルピナと同定される。
葡萄酒の分担も定まっていた。リーベルの葡萄酒は人が飲むためのものであり、神々への献酒に用いる純粋な酒(テメートゥム)はユーピテルの管轄にあった。祭祀の序列がそのまま酒の等級になっている。
文化的足跡
帝政期には、皇帝の郷里の神と結びついて公の場に現れた。セプティミウス・セウェルスは、故郷レプティス・マグナの守護神リーベル・パテルとヘルクレースの名において自らの治世を開いている。ラテン語の līber は「自由」を表す語としてヨーロッパの語彙に広く残り、リベルタス、リベラルといった語の源になった。もっとも順序は逆で、これらの語がこの神に由来するのではなく、同じ形容詞を神格化したのがリーベルであった。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。