リーベラ
リベラ · プロセルピナ
ローマの古い女神。リーベルの女性形の名を持ち、アウェンティヌスの三神の一柱に数えられた。固有の神話も図像も伝わらない。
解説
概要
リーベラ(Lībera)は、ローマ神話の古い層に属する女神である。名は「自由なる者」を意味するリーベルの女性形にほかならない。ケレース・リーベルとともにアウェンティヌスの三神をなし、平民の守護神の一柱に数えられた。しかし固有の神話も図像も伝わらず、その内実はほとんど分からない。前205年にプロセルピナと公式に同定され、以後はプロセルピナの名で語られるようになる。
神話・物語
語るべき物語がない、ということ自体が、この女神について言える最も確かなことである。ローマの著述家は彼女に明確な性格を与えず、対応するギリシアの神格も当てなかった。アウグスティヌスは、リーベルが男の生殖力を司るようにリーベラは女の生殖力を司るのだと説明したが、これは名の対から導いた理屈であって、古い祭祀の中身を伝えるものではない。
祭祀の輪郭だけは残っている。前496年に誓願され前493年に奉献された三神の神殿で、彼女は独立した内陣(ケッラ)を与えられていた。祭日については、3月17日のリーベラーリアにリーベルとともに祀られたとも、四月のケレアリアの一部でケレースに従属する形で祀られたとも言われ、定まらない。リーベルとリーベラの名がケレースの祭に加えられたのは後になってからだ、という指摘もある。
前205年、シビュラの書の指示で母娘の祭儀が導入されると、その位置はプロセルピナに引き継がれた。キケロはリーベルとリーベラをケレースの子と呼び、同じ頃ヒュギーヌスはリーベラをアリアドネーに当てている。名だけが残った女神に、後世の著述家がそれぞれ別の中身を入れていったことになる。
図像と象徴
彼女を表すと確認できる古代の作例はない。「リーベラ像」と呼びうるものが一点もない、というのが現状である。持物も姿勢も伝わらず、名を刻んだ奉献碑からその存在が確かめられるにとどまる。プロセルピナと同定されて以降の図像は、松明と穀物の穂を持つプロセルピナのものであって、リーベラ本来のものではない。本項に主画像を掲げていないのは、この事情による。
図像の不在は、しばしば資料の散逸として説明される。だがリーベラの場合、そもそも造形されなかった可能性も考えておくべきだろう。名の対によって成り立つ神格が、必ずしも像を必要としたとは限らない。
系譜と関係
リーベルの対をなす女神であり、キケロによればケレースの娘。プロセルピナと同定されたことで、冥界の王ディス・パテルの后という位置も間接的に引き受けた。ただし本来のリーベラに冥界との関わりを示す資料はなく、これは同定の結果として後から加わったものである。系譜を書こうとすると、他の神格との関係だけで輪郭が埋まってしまう。
文化的足跡
リーベラの名は、彼女自身の信仰としてよりも、アウェンティヌスの三神という組の一員として語り継がれてきた。ローマの宗教には、祭祀の場面ごとに呼ばれる名を持ちながら、物語も像も持たない神格が数多くある。リーベラは、そうした神々のなかで比較的高い地位に就いたまま、中身を伝えずに残った一柱である。名前しか残らなかった神をどう扱うかは、ローマ宗教史の方法をめぐる問いのひとつであり続けている。