ニヌルタ
ニンギルス · Ninĝirsu · Ningirsu
シュメールに発する農耕と戦いの神。主神エンリルの子で、ラガシュではニンギルスと呼ばれた。悪魔アサグを討ち、山の石で川筋を整えて灌漑をもたらしたと語られる。
解説
概要
ニヌルタ(𒀭𒊩𒌆𒅁 dNIN.URTA)は、前3千年紀半ばには記録に現れるメソポタミアの神である。名は「大麦の主」と解されることが多い。主神エンリルの子とされ、ニップルのエ・シュメシャ神殿を祭祀の中心とした。最初期の姿は農耕と治癒の神であり、病を癒し悪霊を祓う力をもつとされる。
都市国家ギルスで崇拝されたニンギルス(「ギルスの主」)は、歴史時代を通じてニヌルタの地方形として扱われた。もともと別の神であった可能性は残るが、両者の性格は分かちがたく絡み合っている。ラガシュのグデア王(前2144〜前2124年頃)はニンギルスのためにエニンヌ神殿を再建し、その次第を粘土円筒に長大な楔形文字文書として書き残した。ギルスの重みが失われるにつれ、ニンギルスの名はニヌルタへ吸収されていく。
社会が軍事化するにつれ、ニヌルタは初期の農耕的属性を保ったまま戦士神の相貌を強めた。アッシリアではとりわけ人気を集め、トゥクルティ・ニヌルタ1世(前1243〜前1207年)のように王名にその名を組み込む例が続く。前9世紀、アッシュルナツィルパル2世はカルフ(現ニムルド)へ遷都すると、まずニヌルタ神殿を建てた。この神殿は帝国末期まで存続し、誓いを破った者が銀二ミナと金一ミナを「カルフに座すニヌルタ」の膝に置くと定める法文書が前669年まで確認される。
神話・物語
シュメール語の叙事詩ルガル・エは、この神の武勲を語る中心的な作品である。病をもたらし川を毒するアサグが石の軍勢を率いて国境の町を襲うと、ニヌルタは喋る棍棒シャルルの報せを受けて出陣し、これを討ち果たす。続いて倒した石を積んで山を築き、水路を通してティグリス・ユーフラテス両川へ水を導いた。武勲譚と治水神話が一続きに語られる点に、この神の二面性がよく表れている。詩の終わりで母は山を献じられ、ニンマーからニンフルサグ(山の女神)へと名を改める。ただし『アンギム・ディンマ(ニップルへの帰還)』は母をニンリルとするなど、系譜は伝承により揺れる。
アッカド語の『アンズー神話』では、エンリルに仕えた怪鳥アンズーが運命の書板を奪い、神々は力を失う。アダドらが討伐に失敗したのち、エンキの推挙でニヌルタが立った。書板の力で矢を空中で分解されたニヌルタは南風を呼んで鳥の翼をもぎ取り、書板を取り戻す。この物語はアッシリアの王宮に仕えた学者たちに好まれた。
一方『ニヌルタと亀』では、勝利を誇る彼をエンキが巨大な亀で罠にかけ、ともに落ちた穴のなかで嘲る。断片で終わるが、知恵の神が英雄神の野心を挫く筋立てになっている。同じ神が英雄にも敗者にも描かれることは、メソポタミアの神話に単一の正典がないことをよく示している。ほかに「殺された勇士たち」と呼ばれる怪物群を討った伝承が多くの文書で言及されるが、全体は伝わらない。
図像と象徴
新アッシリア時代のクドゥルや浮彫では、鋤と止まり木の鳥がニヌルタの標章として現れる。天文文書では射手座と、あるいはアッカド語で「矢」を意味するシュクードゥ、すなわちシリウスと結ばれ、その所属する大犬座は彼の弓カシュトゥと呼ばれた。バビロニア期には土星が彼の星とされる。有翼日輪をもとはニヌルタの象徴とみる説も出されたが、根拠が薄いとして支持されていない。
図像の同定は容易ではない。カルフのニヌルタ神殿から出た浮彫には、雷を握って獅子頭の怪獣を追う神が刻まれ、長くアンズーあるいはアサグを追うニヌルタと解されてきた。しかし同じ姿はアダドとも読みうるため、今日では断定を避ける記述が一般的である。確実な作例としては、ラガシュのエアンナトゥムが立てた「禿鷲の碑」の上段があげられる。網に敵兵を封じ込めた巨大な神が刻まれ、その網はライオン頭の鷲イムドゥグド(アンズー)の紋章で留められている。この獅子頭の鷲こそ一貫した徴であり、円筒印章や奉献用の槌矛にも繰り返し現れる。
系譜と関係
父はエンリル、母はニンリルまたはニンマー(ニンフルサグ)とされる。妻はニヌルタの名では医薬の女神グラ、ニンギルスの名ではバウとされ、名の違いが配偶神の違いにまで及ぶ。ニンギルスとバウの子にはイグアリマとシュルシャガナが数えられる。兄弟にはシン、ネルガル、ニンアズ、エンビルルらがあげられる。
文化的足跡
『旧約聖書』「創世記」でカルフと結び付けて語られる「力ある狩人」ニムロデの名は、ニヌルタに由来するという説が有力である。名がどう転じたかは未解明だが、機能と属性の重なりから最も蓋然性の高い語源とされる。19世紀のカルフ発掘では、有翼で鷲頭の人物像が「ニスロク」と誤って広まり、当時の幻想文学に取り込まれた。現代の作品にもその名は登場するが、原典が伝えるのは灌漑と収穫を守る神の相貌である。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。