アヌ
アン · アヌム · An
メソポタミア神話の天空神で、神々の名簿の筆頭に置かれる至高神。神と人の双方に王権を授ける源とされながら、実際に神々を動かすのはエンリルであり、自らはほとんど動かない。
解説
概要
アヌ(アッカド語 Anu、シュメール語ではアン An)は、メソポタミアの天空神であり、神々の名簿の筆頭に置かれる至高神である。その名は楔形文字のただ一文字 𒀭 で書かれ、この記号はそのまま「天」をも、また「神」一般をも意味した。アヌは神と人の双方に統治権を授ける存在とされ、至高神の地位そのものが「アヌの権(anūtu)」と呼ばれた。
ただし彼を主題とする神話は少なく、日々の祭祀の対象となることもまれである。メソポタミア人の理解では、実際に神々を動かすのはエンリルであり、のちのバビロニアではマルドゥク、アッシリアではアッシュルであった。名目上の王という位置づけである。
神話・物語
シュメールの創世観では、原初の海ナンムからアンと大地キが生まれ、両者の交わりから大気の神エンリルが生じる。エンリルは天と地を引き裂き、地を自らの領分とし、アンは天を得た——『ギルガメシュ、エンキドゥ、冥界』の序歌はそう語る。
アヌの受動性は、彼が退く場面によく表れる。詩『イナンナの天上獲得』では、イナンナがウルクのエアンナ神殿を我がものにしようと迫り、アヌはその不遜に驚きながらも既成事実を認める。アッカド語の『ギルガメシュ叙事詩』第六書板では、求婚を拒まれて怒った娘イシュタルが天の牡牛を要求し、渡さなければ冥界の門を破って死者に生者を食わせると脅す。アヌは七年の飢饉を招くと諫めたのち、しぶしぶ折れる。人間アダパが南風の翼を折った罪で天に召される神話でも、アヌは不死の食物を与えようとして、エンキ(エア)の入れ知恵で身構えたアダパに拒まれてしまう。
ヒッタイト語訳で伝わるフルリの『クマルビ神話』では、アヌはクマルビに男根を噛み切られて王座を追われる。この筋立てとヘシオドス『神統記』のウラノス去勢譚との近さは、東方からギリシアへの影響としてしばしば論じられるが、確証には至っていない。
図像と象徴
アヌは美術にほとんど現れず、人の姿をした確実な図像をもたない。文献は笏と環という王権の標を握る姿に触れるが、造形として残るのは台座に据えられた有角冠である。メソポタミアの神々は牡牛の角を幾重にも重ねた冠をかぶる姿で表され、重ねた角の対の数が神格の高さを示した。アヌの場合は、その冠だけが神体として台の上に置かれる。
カッシート期の文書がこの標章を明記しており、境界石(クドゥル)の実例がそれを裏づける。主画像に掲げたリッティ・マルドゥクの境界石(前1125〜1104年、シッパル出土)でも、上端に天体を司るイシュタルの八芒星・シャマシュの日輪・シンの三日月が並び、そのすぐ下に有角冠が刻まれている。新アッシリアの浮彫でも同様である。
ただしこの標章はエンリルのものと形の上で区別がつかず、新アッシリア期にはアッシュル神も同じ形で表された。同じ画面に三つ並んでいても、銘文なしにどれがどの神かを決めるのは難しい。姿をもたない神を、序列上の位置だけで示すという表現である。
系譜と関係
配偶者の伝えは一定しない。大地を表すキ、耕地を表すとされるウラシュ、アヌの名の女性形であるアントゥが、時代によって入れ替わり、また互いに同一視された。原初の海ナンムを妻とする伝えもあるが、これは前24世紀ウルクの奉献銘など限られた資料にしか見えない。神名表『アン=アヌム』は彼の祖先としてアンシャルやアララを列挙し、その系譜の一異本が『エヌマ・エリシュ』冒頭の枠組みとなった。
子にはエンリル、エンキ(エア)が数えられ、アッカド語の叙事詩ではイシュタルを娘とする。アンとキの子孫は総称してアヌンナキと呼ばれた。ウル第三王朝期以降、アヌ・エンリル・エンキの三柱を並べ称するのが王碑文の定型となる。
文化的足跡
ウルクのイナンナ神殿エアンナは、もとアヌのものだったのを女神が奪ったという伝承が複数の作品に見える。しかし考古学的にはエアンナは前4千年紀からイナンナの聖域であり、この筋は神殿の由来を説く後代の物語と見るのが有力である。
一方、セレウコス朝下のウルクでは神学が組み替えられ、アヌは妻アントゥとともに市の主神として実際に祀られるようになる。セレウコス紀元71年(前216/215年)の天文文書は天球全体を彼の管掌とし、二つの周極星が「天のアヌとアントゥ」と呼ばれて供物を受けた。楔形文字文明の最末期になって、名目だけの王がはじめて信仰の対象になったことになる。現代の創作でもメソポタミアを題材とする作品にその名が引かれるが、原典のアヌは物語の外側に坐る神であり、自ら動く神ではない。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。