ヴィドゥラ
ヴィドゥーラ · クシャッタリ · ヤマの化身
クル国の宰相で、パーンダヴァとカウラヴァ双方の叔父にあたる。法の神ヤマの化身とされ、生涯にわたって正しい道を説き続けた。
解説
概要
ヴィドゥラ(Vidura / विदुर)は『マハーバーラタ』の登場人物で、クル国の宰相を務めた人物である。名は「巧みな者」「賢い者」を意味する。聖仙ヴィヤーサと、王妃づきの侍女パリシュラミーとのあいだにニヨーガによって生まれ、ドリタラーシュトラ、およびパーンダヴァ五兄弟の父パーンドゥの、異母弟にあたる。侍女の子であるため王位継承の資格をもたず、生涯を助言者として過ごした。法の神ヤマの化身とされ、クリシュナを除けばパーンダヴァが最も信頼した相談役である。
神話・物語
出生には二重の由来が語られる。ひとつはニヨーガの経緯である。ヴィチトラヴィーリヤが子を残さず死んだのち、ヴィヤーサが招かれ、王妃アンビカーは恐れて目を閉じたため盲目のドリタラーシュトラを、アンバーリカーは青ざめたため色白のパーンドゥを産んだ。三度目に王妃たちが自分の代わりに送り出した侍女パリシュラミーだけが恐れずに迎えたため、生まれた子は三人のうち最もすぐれていたという。もうひとつは前世である。聖仙マーンダヴィヤが理由なく串刑に処されたことを恨んでヤマを呪い、その報いとしてヤマが侍女の子として人間界に生まれた、それがヴィドゥラであるとされる。生まれの低さと徳の高さがはじめから背中合わせに置かれている。
彼の役割は一貫して、危険を知らせ、非を正すことにある。ドゥルヨーダナが燃えやすい材の館にパーンダヴァを閉じ込めて焼き殺そうとしたとき、事前に警告を送り、地下道を掘る者を差し向けたのは彼である。骰子賭博の席ではユディシュティラを止めようとし、ドラウパディーが辱められた場面では、ヴィカルナと並んでただ二人だけ声を上げて抗議した。ドゥルヨーダナは彼を恩知らずと罵り、ドリタラーシュトラは息子を叱責したものの、それ以上のことはしなかった。
クリシュナが和平の使者としてハースティナプラを訪れたとき、豪奢な宮殿への招きを退けて彼の家に泊まったという挿話も名高い。宮廷のなかで唯一中立を保った者であるがゆえの選択であったと語られる。
そして開戦前、罵倒に耐えかねた彼は宰相を辞し、自らの弓を折って戦に加わらぬことを誓った。ビーシュマやドローナ、クリパ、カルナがハースティナプラへの義理に縛られたのに対し、彼を縛っていたのは血縁だけであり、その血縁を否まれた以上、法(ダルマ)の側に立つほかなかったと叙事詩は説明する。
図像と象徴
固有の像容は伝わっていない。図像では、玉座のドリタラーシュトラに諫言する場面として描かれるのが通例で、パハーリ派の画家プルクによる1820年頃の作はその代表例である。象徴となるのは折られた弓である。武器を執らぬという選択そのものが、この人物を示す標となっている。
系譜と関係
父はヴィヤーサ、母は侍女パリシュラミー。異母兄にドリタラーシュトラ、異母弟にパーンドゥ。したがってカウラヴァ百王子とパーンダヴァ五兄弟の双方にとって叔父にあたる。妻はスラビーとされ、複数の子があったと伝えられる。ヤマ=ダルマの化身であるという点で、同じくダルマの子とされるユディシュティラとは本質を同じくする存在として描かれる。
文化的足跡
『マハーバーラタ』第五巻ウドヨーガ・パルヴァンの第33章から第40章は、彼が説く統治の要諦を収めており、ヴィドゥラ・ニーティ(ヴィドゥラの統治術)と呼ばれる。すべての者の繁栄を願い、いずれの集団にも苦しみを与えようとしないこと、困窮した者に目を向け、依り頼む者の苦しみを小さいからといって見過ごさないこと、一部ではなく万物に慈悲を及ぼすことなど、為政者の心得が列挙される。インドの政治倫理を説く古典として、今日も広く引用されている。
戦後はユディシュティラの求めに応じて再び宰相の座に就き、のちにドリタラーシュトラ、ガーンダーリー、クンティーとともに森へ入った。ユディシュティラが訪ねたとき、彼はすでに息絶えており、その魂がユディシュティラの体に入って両者が同じヤマの本質であることが明かされたと語られる。天の声によって遺体は荼毘に付されなかった。北インドのハスティナープルには彼の名を冠した塚が残り、地元ではヴィドゥル・カ・ティーラーと呼ばれている。彼の家でクリシュナがもてなしを受けた際の逸話は、簡素な食事に込められた真心を讃える民間の語りとして各地に広まっているが、原典の本文に見えるものではない。