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ドリタラーシュトラ
PLATE — धृतराष्ट्र
BHARATA · ヒンドゥー神話
धृतराष्ट्र

ドリタラーシュトラ

ドゥリタラーシュトラ · ヴァイチトラヴィーリヤ · 盲目王

Da'ud(ムガル朝、1599年)/『ラズムナーマ』挿絵, Public domain PUBLIC DOMAIN

クル国の盲目の王。息子ドゥルヨーダナへの情に流されて非を正せず、一族の滅亡を招いた。戦況は御者サンジャヤの千里眼を通じて聞いた。

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解説

概要

ドリタラーシュトラ(Dhṛtarāṣṭra / धृतराष्ट्र)は『マハーバーラタ』の中心人物の一人で、クル国の盲目の王である。名は「国を支える者」を意味する。聖仙ヴィヤーサによるニヨーガの子として生まれ、盲目ゆえに王位を継げなかったが、弟パーンドゥの隠棲後に王位に就いた。妃ガーンダーリーとの間にドゥルヨーダナ以下カウラヴァ百王子をもうける。王としての務めと父としての情のあいだで揺れ続け、息子の非を正せぬまま一族の滅亡を招いた人物として描かれる。

神話・物語

異母兄ヴィチトラヴィーリヤが子を残さず死に、ビーシュマが誓いゆえに跡継ぎをもうけることを拒んだため、クル王家は断絶の危機に瀕した。そこでサティヤヴァティーは、婚前に産んでいたヴィヤーサを招く。ニヨーガの慣行により、王妃アンビカーがヴィヤーサを迎えたとき、その恐ろしい姿に目を閉じてしまったために、生まれた子は盲目であったと語られる。

盲目のため武器を執ることはできなかったが、ヴィヤーサの恩寵によって十万頭の象に等しい力を得ており、素手で鉄を砕いたと伝えられる。世継ぎを定める際、ヴィドゥラは目の見えるパーンドゥこそふさわしいと進言し、彼は不満を抱きながらも王位を譲った。この譲位への悔いが、後年の王位への執着に流れ込んでゆく。

彼の弱さが最も表れるのは骰子賭博である。シャクニの献策を受けたドゥルヨーダナに説かれ、彼はユディシュティラを賭博の場に招くことを許した。ドラウパディーが辱められる場面でも制止せず、事が済んだのちに賭けたものをすべて返させたが、息子に再度の勝負をせがまれて再び折れ、パーンダヴァの十三年追放を成立させてしまう。是非を弁えていながら、その都度息子に押し切られるという型が繰り返される。

戦のあいだ、彼は御者サンジャヤの千里眼を通じて戦況を聞いた。『バガヴァッド・ギーター』は、この王がサンジャヤに「クルクシェートラの野で、我が子らとパーンドゥの子らは何をしたか」と問う一句から始まる。叙事詩の中核が、盲目の父の問いへの答えとして語られる構成になっている。

図像と象徴

盲目であることが、この人物を示す唯一にして最大の標である。図像では、玉座に坐して傍らのサンジャヤの報告に耳を傾ける姿で描かれる。ムガル朝のアクバルがペルシア語訳させた『ラズムナーマ』の挿絵(1599年)に、その典型的な構図が見られる。肉体の盲目が、息子の非を見ようとしない心の盲目と重ねて語られるのは、原典以来の読みである。

系譜と関係

父はヴィヤーサ、母はアンビカー。同じくニヨーガによる弟にパーンドゥ、異母弟にヴィドゥラ。妃はガーンダーリーで、ドゥルヨーダナ、ドゥフシャーサナら百人の王子と王女ドゥフシャラーをもうけた。ほかに侍女との間にユユツがあり、この子だけは戦でパーンダヴァ側に立った。パーンダヴァ五兄弟にとっては伯父にあたる。

文化的足跡

戦後、彼はビーマを抱擁と見せかけて絞め殺そうとしたが、察したクリシュナが鉄像を身代わりに置き、像を砕いたのちに我に返って悔いたという。ユディシュティラの治世下、彼は罪を償うため一日おきの食事と鹿皮の衣、草の褥という苦行の生活を送り、ガーンダーリーもこれに倣った。それでも怒りの収まらぬビーマの言葉に傷つき、妃とクンティーを伴って森へ入る。ヴィヤーサが一夜だけ死者たちを河から呼び戻して再会させたのち、彼らは山火事のなかで世を去った。

なお、ヤジュル・ヴェーダの『カータカ・サンヒター』にはドリタラーシュトラ・ヴァイチトラヴィーリヤという名のクル王が言及されている。ただしこの記述は、叙事詩の伝える治世の内容を裏づけるものではない。また同じサンスクリット名は仏教の四天王の一尊にも用いられ、東アジアでは持国天と漢訳されるが、両者は別の存在である。

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領分・別名

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資料

Wikidata
Q926150 — 骨格データの出典
Commons
Dhritarashtra — 図像カテゴリ