カーマデーヌ
スラビー · スラビ · 如意牛
望むものを何でも生み出すとされる牝牛。すべての牛の母とされ、その身体にあらゆる神々が宿るとも語られてきた聖なる牛。
解説
概要
カーマデーヌ(Kāmadhenu / कामधेनु)は、望むものを何でも生み出すとされる牝牛である。名は「望みを叶える牛」を意味し、スラビー(芳しき者)の別名でも呼ばれる。乳海攪拌の折に海から現れたとされ、すべての牛の母とされる。その身体にあらゆる神々が宿るとされ、牛を聖なるものとみなすインドの観念を最も端的に体現する存在である。
神話・物語
出自は文献により異なる。乳海攪拌から現れたとする伝えが最も広く、この場合は聖仙たちに与えられて祭祀の供物を賄う役を担う。ブラフマーの口から生まれたとする伝え、聖仙カシュヤパの妃であったとする伝えもある。日本語圏で流布するナンディンの系譜は、彼女とカシュヤパの子とするものである。
説話における役どころは、聖仙の庵で望むものを生み出し、それをめぐって争いが起こるという型をもつ。ヴァシシュタの庵を訪れた王ヴィシュヴァーミトラは、如意牛の力で全軍を饗応されたのち、その牛を譲るよう求めて断られ、力ずくで奪おうとした。牛が生み出した兵によって王の軍は退けられ、武力ではバラモンに及ばぬと悟った王は苦行に入る。この一件がヴィシュヴァーミトラの生涯を決めた。
同じ型がジャマダグニの庵でも繰り返される。ハイハヤ王カールタヴィーリヤ・アルジュナが饗応を受けたのち牛を奪おうとして聖仙を殺し、その子パラシュラーマによる二十一度のクシャトリヤ殲滅を招いた。望みを叶える力をもつがゆえに争いの種となるという構図が、この牝牛の物語を貫いている。
ヴァシシュタの牛をナンディニー、あるいはカーマデーヌの娘とする伝えもあり、母子の名が入れ替わることもある。
図像と象徴
近世以降の絵画では、身体のうちに諸神を宿す姿で描かれるのが最も広く行われる。角にブラフマーとヴィシュヌ、頭にシヴァ、脚に聖仙たち、乳房に四つの海、というように、一頭の牛のなかに世界の全体が配置される。孔雀の尾と女性の顔をもつ姿で表す作例もある。象徴となるのはその身体そのもので、牛を害してはならぬという規範の根拠として機能してきた。
牛から得られる五つのもの——乳、凝乳、ギー、尿、糞——を合わせたパンチャガヴィヤは、浄化の儀礼に用いられる。この用法もまた、彼女に由来するものとして説明される。
系譜と関係
出自は諸説あるが、すべての牛の母とされる点は共通する。娘としてナンディニー、スシーラーらが挙げられる。ヴァシシュタとジャマダグニの二人の聖仙が彼女(あるいはその娘)を所有し、いずれの場合も王との争いを招いた。ナンディンの母とする伝えについては、ナンディンの項に別系統の系譜とあわせて記した。
文化的足跡
牛を神聖視するインドの観念は、この牝牛の像に集約して語られてきた。牛の保護を求める運動は19世紀以降に政治的な争点となり、現在も法制度をめぐる議論が続いている。神話上の位置づけと現代の政策論議は水準の異なる問題であり、区別して扱う必要がある。
なお、カーマデーヌとスラビーを同一とみるか別個の牝牛とみるかは文献により分かれる。プラーナの多くは同一とするが、両者を親子とする伝えもある。本項では同一の存在として扱い、別名として併記した。