ワユ
ワータ · ワユ・ワータ · ヴァーユ・ヴァータ
ゾロアスター教の風と大気の神。ワユが風を、ワータが大気を指す。崇拝に値するヤザタでもあり魔神ダエーワでもある、善悪の双方にまたがる存在とされる。
解説
概要
ワユ(アヴェスター語 vāyu)とワータ(vāta)は、風と大気を司る一つの神格の二つの名である。ワユが風を、ワータが大気を指し、それぞれ単独でも用いられる。用例はワユのほうが多いが、一方を語るとき他方の相も含意される。中期ペルシア語のワータは新ペルシア語のバード(風)に続く。
この神格を際立たせているのは、善悪の双方にまたがることである。文脈によって、崇拝に値するヤザタでもあり、魔神ダエーワでもある。経典はしばしば「善き」という形容を添えることで、どちらの相を語っているかを示す。善悪をはっきり分けるこの体系のなかで、この神格だけが両側に足を置いている。
神話・物語
ヤシュト第15は、名目上は平安の霊ラマンに捧げられているが、実際に讃えられているのはワユである。そこでは、この神格がアフラ・マズダーの被造物とアンラ・マンユの被造物の双方の領域を通って吹くと語られる。善と悪のあいだの空間を占める者として位置づけられているわけである。
ズルワーン主義では、この神格に別の役が与えられた。四つの相をもつズルワーンのうち、ワータ・ワユが「空間」を、他の二相が「時間」を表すとされたのである。風の神が、宇宙論の座標軸の一方を担うことになる。
死者の審判の場にも姿を見せる。『アルダー・ウィーラーフの書』5.3では、チンワト橋にミスラ、ラシュヌ、ウルスラグナとともに立つ。ハルワタートの助力者(ハムカール)にも数えられる。
図像と象徴
イランに固有の像は乏しいが、クシャーン朝の貨幣にオアド(ΟΑΔΟ)の名で現れる。本サイトが主画像に掲げるのはカニシカ1世の銅貨で、裏面には、衣を大きく後方へなびかせながら走る神像が打たれている。風という目に見えないものを、衣の翻りと駆ける姿勢だけで表す造形である。表面は炎を発しつつ祭壇に献ずる王の立像で、この王朝の貨幣に共通する意匠である。
系譜と関係
ヴェーダのヴァーユと同名で、インド・イラン共通期に遡る。ただしインド側のヴァーユに、イランのような善悪の両義性は見られない。同じ名の神が、二つの宗教でまったく違う性格を帯びた例である。暦では各月の第22日を司る。
文化的足跡
新ペルシア語のバードは今日も「風」を意味する日常語である。神格としての記憶は薄れたが、語そのものはイランの言葉のなかに残った。