キールティムカ
カーラ(ジャワ) · ツェパ(チベット) · 栄光の顔
寺院の門口やリンガの上に刻まれる怪異な顔の意匠。自らの身体を食い尽くし、顔だけが残ったとされる存在である。
解説
概要
キールティムカ(Kīrtimukha / कीर्तिमुख)は、寺院の門口やリンガの上に刻まれる怪異な顔の意匠である。名は「栄光の顔」を意味する。牙をもつ獅子に似た顔で、下顎を欠き、手と腕だけが残る。自らの身体を食い尽くしたという説話に由来し、シヴァの命によって門の上に据えられた。
神話・物語
『スカンダ・プラーナ』が伝える。アスラ王ジャーランダラは、使者ラーフを遣わしてパールヴァティーを差し出すよう迫った。その口上に怒ったシヴァは、眉間から獅子に似た恐るべき者を現じ、使者を襲わせる。ラーフは命乞いをして許された。
ところが生み出された者は、獲物を失って激しい飢えを訴えた。シヴァは、それならば自らの手足を食えと命じる。それは言われたとおりに自らの身体を食い進め、ついに顔だけを残した。
この従順さを喜んだシヴァは、それをキールティムカと名づけ、自らの門口の上に据えると定めた。そしてこの顔を拝まぬ者は自分のもとへ至ることができぬと告げたという。
自らを食い尽くすことによって門を守る資格を得るという構図をもつ。欲を欲によって尽きさせるという主題が、この意匠の背後にある。
図像と象徴
下顎を欠いた獅子面として彫られる。角、牙、見開いた眼をもち、口からは花綱や真珠の連なりを吐き出す形が多い。門の楣(まぐさ)の中央、リンガを納める龕の上、あるいは神像の光背の頂部に置かれる。
象徴となるのは、欠けた下顎である。自らを食い尽くした結果として残った顔であることが、造形そのものに刻まれている。
系譜と関係
シヴァの眉間から生じたものであり、通常の系譜をもたない。ラーフの説話と直結し、その項と対で読まれる。同様に自らを損なうことによって位置を得た存在として、チンナマスターと並べて論じられることもある。
文化的足跡
意匠は南アジア全域に広がり、東南アジアへも伝わった。ジャワではカーラ(時)と呼ばれ、寺院の門口の上に同じ形式で置かれる。ボロブドゥールやプランバナンをはじめ、多くの遺構に作例が残る。マカラ(水獣)と組み合わせてカーラ・マカラの構成をとることも多い。
チベットではツェパク、ネパールではチェプの名で知られ、仏教の意匠としても受け継がれた。中国の饕餮文や日本の鬼瓦との類似が指摘されることがあるが、これらのあいだに直接の系統関係を認める根拠は乏しく、門口に威嚇的な顔を置くという発想が各地で独立に生じた可能性も含めて論じられている。