ニンガル
Ningal · ニン・ガル · ニンウリマ
月神ナンナ(シン)の妻とされたメソポタミアの女神。夫とともにウルとハッラーンで祀られ、イナンナと太陽神ウトゥの母とされる。西方ではニッカルの名で月神の妻として受け継がれた。
解説
概要
ニンガル(𒀭𒊩𒌆𒃲 dNIN.GAL / Ningal)は、月神ナンナ(シン)の妻とされたメソポタミアの女神である。名はシュメール語で「偉大なる女王」の意。夫の祭祀の中心であったウルと北メソポタミアのハッラーンで特に篤く祀られ、ウル第三王朝とラルサの王たちの信仰を集めた。
夫との結びつきが彼女の性格の大半を占め、ジョーン・グッドニック・ウェステンホルツはその神格を「受動的で、支える側の」ものと評している。一方で「王子の星の女主」「七重の光」といった添え名が伝わり、夫と同じく天体に結びつく面をもっていたとする見方もある。
神話・物語
ニンガルを主人公とする神話は知られていない。彼女が最も強い姿を見せるのは、都の滅亡を悼む哀歌である。『ウル滅亡哀歌』や『シュメールとウルの滅亡哀歌』は、荒れ果てたウルを前に嘆く女神を描き、女神と都は母と子のように語られる。ウル第三王朝期の文書は彼女をウルの「母」と呼び、シュルギは自らの母とも称した。
王たちはまた、夫への取りなし手として彼女に祈った。新アッシリアのサルゴン2世は、長命と王統の永続を夫に願ってくれるよう彼女に求め、ナボニドゥスも同じ役割を期待する祈りを刻んでいる。アッシュルバニパルは、ハッラーンでナンナとニンガルに王冠を授けられたと記す。大神の妻が夫への取りなしを担う形は、アヤやシャラにも見られる。
図像と象徴
図像は一定しない。夫の標章である三日月を伴う座像の女神を彼女とみる提案があり、主画像に掲げたウル・ナンム碑の断片(ペンシルヴェニア大学考古学人類学博物館)も、王の献酒を受ける玉座の女神をニンガルと同定するものである。同じ碑には、夫の膝に座る彼女の姿も刻まれている。二神が一体となって働くことを示すこの型は、ニンギルスとバウの像にも用いられた。
ある種の水鳥(u5-bi2)との結びつきも推測され、ハイイロガンやオオハクチョウが候補に挙がる。ただしウルで出土する、ガン類の鳥を伴う女神像はナンシェを表すとみるほうが有力とされる。彼女は雌鳥を指すとみられる語 zirru でも呼ばれ、同じ語はエンヘドゥアンナらナンナに仕えた女祭司(エン)の呼称にも用いられた。医書では、正体の分からない皮膚病が「ニンガルの手」と呼ばれている。
系譜と関係
夫はナンナ(シン)であり、これが彼女について最もよく裏づけられる事実である。二神の子として最も広く伝わるのがイナンナ(イシュタル)と太陽神ウトゥ(シャマシュ)で、イナンナをナンナとニンガルの娘とするのは、その親をめぐる伝えのうち最も多く見える形である。『アグシャヤの歌』はイナンナを彼女の長子と呼ぶ。ほかにキアブリグの都市神ニングブラガ、カザッルの都市神ヌムシュダ、アン=アヌム神名表の女神アマラ・ウズとアマラ・ヘエアが子に数えられ、新アッシリア期のハッラーンではヌスクも二神の子とされた。
母はニンギクガ(「清らかな葦の女主」)で、バルバレ歌とエメサル語の恋愛歌に見える。ニンギクガはエンキの配偶の名としても現れ、アン=アヌム神名表はこれをダムガルヌンナの別名に数えるが、ニンガルの母としてのニンギクガと同じ存在かどうかは研究者によって見方が分かれる。ニンガルを葦に関わる女神とする説明は、この母の名に関わるものである。
西方では、彼女に由来するニッカルが、フルリの月神クシュフ、ヒッタイトの月神アルマ、ウガリットの月神ヤリフの妻とされた。
文化的足跡
ウルには彼女の神殿エガルクがあり、古バビロニア期にはナンナの女祭司の住まいギパルと一つの複合体にまとめられた。ラルサの王ワラド・シンやリム・シン1世は、ウルを宗教と政治の要地とみて、ニンガルをとりわけ熱心に崇めた。新バビロニアのナボニドゥスはウルの神殿を再建し、南部の都市キシッグでもニンガルの神殿を修復した。後代のキシッグでは、ニンガルとナンナが、かつての守護神イナンナとドゥムジに代わって都市の神となっていた。
祭祀はメソポタミアの外にも広がった。フルリの国々やウガリット、ヒッタイトではニッカルとして受け入れられ、東のエラムのスーサでは、ウルから移されたとみられるアッカド語を話す一家が、四代にわたって彼女の小祠を守り続けた。エジプトでは、病を癒すよう呼びかけられる異国の女神として、魔術パピルスにただ一度名が見える。
領分・別名
親・配偶者・子までを表示(全体はフル系図ページへ)。実線=主要伝承/点線=異伝・別系統。